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法律問題なのか家族問題なのか

2000年前後から児童虐待が急増し、ここ数年には命が奪われた子どもたちの事案が繰り返し報道されるようになってしまいました。政府はこれを受けて、保護者による体罰禁止を法律としてつくることを決定。賛否が分かれています。

私はこの動きを見ていて、「そういう問題なのかなぁ?」と首をかしげています。法律で禁止しておけばなんとかなる、という問題ではない気がするのです。これは日本における『家族問題』なのではないかと。

もしかしたらこの国は「家族をつくれない国」になってしまっていないか?という問題です。子育てに苛立つのはなぜか、男性の暴力が続くのはなぜか、そういった問題をつくり出しているモノがあるはずなのです。

「働き方」と「子育て問題」
「学校教育」と「子育て問題」
はどこかでリンクしていると考えます。

たとえば、家族が子ども一緒に食事ができる時間を保障する「働き方」でなくてはならないし、子どもを『できる・できない』で評価する学校教育であってはならないのではないでしょうか。その部分の分析はまだまだ遅れているし、当然報道されていません。

児童虐待問題を社会全体の分析と、具体的な対策として提起できる国であってほしいと思っています。

児童虐待と学校現場の三つの現実

放置、暴力による児童虐待で命を落とす子どもの事件が続いています。

学校、教師には通告義務があります。虐待が疑われたらすぐに福祉事務所、児童相談所(以下、児相)に通告しなければなりません。(通告しなくても罰則はない)

現実的にはどうでしょうか。

虐待が疑われる児童をみつけたら、担任はまず、学年主任や管理職に相談するのだと思います。一人の判断で通告するわけにはいかないからです。

つまり、通告するかどうかの判断は、学校現場では現実的には管理職がする現場がほとんどだということが一つ目の現実。

このような現実の中で、通告児童がいることが "学校や地域の評価が下がる" と感じている管理職がいないことを祈るばかりです。

また、最近では身体的虐待ばかりではありません。性的虐待ネグレクト心理的虐待といった、目に見えてこない虐待が多いのです。

そういった虐待は、愛着障害を起こし、発達しょうがいに似た症例をしめしていることも少なくなく、学級担任は「指導?の対象」として見てしまう危険があることが二つ目の現実。

言うことをきかない子、暴れる子は押さえ込む…、そして二次障害、三次障害を起こしてさらに深刻な症例を引き起こしているケースも少なくないのです。

三つ目の現実は、学校・教員は、通告した後、福祉事務所や児相でどのような対応をするのか把握していないということです。

ゆえに、通告後、その子にどのように対応してよいのかわからなかったり、福祉事務所や児相の方針と違った対応をしてしまうことがあるということです。

つまり、学校と福祉事務所や児相とのソフト面での連携の在り方がはっきりしていないということです。

このような現実の中でも、とりあえず学校・教師は、学年会議や生徒指導部会、ケース会議で子どもをリアルに共有し、職員の共同的な目で子どもたちを守らなければなりません。

つまり、今の異常な現場の忙しさは、教師の大変さの問題だけではなく、子どもたちの命をも奪うことにつながる忙しさだということを自覚しなければならないということです。


幼い子どもたちの命が奪われる国ではいけない

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グラフ:児童虐待防止全国ネットワーク
http://www.orangeribbon.jp/

小さな子どもたちの命が次々と奪われています。

子どもを産んでは放置し、暴力をふるう大人……、

そのことに対応し、防ぐことのできない行政……、

防ぐどころか、縄張り意識、責任回避意識ばかりが目に付く……、

この国はいつからこんな国になってしまったんだろう。

国を守る子どもを育てるのではなく

まずは、

国は子どもを守らなければなりません


この児童虐待急増は、2000年前後から始まっています。

通告義務が儲けられたことだけでは、この急増の説明はできないのです。

現状にすぐに対応できる体制づくりを急ぐことはもちろん、

2000年前後に、子育て・教育に何があったのか、

日本国民の生活にどんな変化を強いられるようになったのか、

明らかにしていく必要があるのです。

児童虐待のそもそもの原因を考えよう

 なぜ自分の子どもを虐待するような人が増えたのでしょうか。そもそもの原因をみんなで考えて克服していかなければなりません。
 
 私が思うに、おそらく日本社会の根底の部分が崩れたのではないでしょうか。

 それまでの日本は、農耕社会に代表される共同社会で、家族はその中の基礎集団でした。家族は、家を守るために子育てを優先する地域の共同集団の一員だったのです。それがいつからか、共同しない社会の中で、他に負けない「生き残り社会」に変貌したのではないでしょうか。

 「生き残り社会」とは、助けられることは恥ずかしいこと、支えてもらうことは、負けを認め排除を覚悟することだと考えます。そんな社会に代わってしまう中で、子育てが生きることにおいて優先されることではなく、克服しなければならない課題に代わったのです。

 一方で、社会全体は、弱者保護ではなく、弱者攻撃の風が吹き出しました。弱者を攻撃することもまた、生き残ることの術だからです。そういった意味で、いじめ・迫害問題と、児童虐待問題はリンクしているような気がします。

 生き残り社会ではなく、共同社会を。
 
 弱者攻撃ではなく、弱者保護の社会を。
 
 そんな社会を未来に向けて創造しなければなりません。
 
 児童憲章でも、家庭に恵まれない子は、社会が育てることを明らかにしているのですから。


昭和26年5月5日制定
児童憲章

一、すべての児童は、心身ともに健やかにうまれ、育てられ、その生活を保障される。

二、すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもつて育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。


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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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