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本日「卒業式」

本日、勤務している小学校の「卒業式」です。

戦後の日本の学校において、3.11大震災の年と、そして今回と、2度目の特別な「卒業式」になります。(「卒業式」をやらない地域も多いです)

卒業式」を実施する学校は、参列するのは卒業生と教師と保護者のみ。学校によっては、保護者の参加も見合わせたり、1名限定にしたりしている学校もあります。

座席同士は距離が置かれ、式の内容も短縮されました。

証書授与は代表者が受け取ったり、教室で渡されたり……、

それぞれの地域で、最大限の努力と工夫がなされながらの「卒業式」です。

そこまでして実施する必要があるのか?という疑問もありますが、日本人の「卒業式」に対する思いは強いものがありますので、なんとか実施してあげたいという思いは理解できますし、私も同じ思いです。

日本全国の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

今年は特別な年になりましたが、そんな時こそ、卒業の意味をかみしめ、次へのステップを力強く踏んでください。





千葉市も臨時休校の延長

安倍首相の要請により、全国の……、千葉県でもほとんどの自治体が、修了式まで臨時休校に踏み込みました。

しかし千葉市は、市民の生活にマイナスの影響がありすぎるという理由で、臨時休校を3/16日までにして、17日から平常日課で、子どもたちとも再開できる予定でした

千葉市は、そればかりでなく、低学年の子どもたちを対象に学校が子どもを預かるという政策を打ち出しました。
( ̄‐ ̄)。oO(『見守り』と呼んでいる。その後、中学年にまで拡大……)

この『見守り』(以下、学校保育)の人数は、学校によっては、70~80人にのぼりました。

他市は、午前中から学童保育を開いていたのですが、千葉市はなぜか普段通りの、2:30からしか開かなかったので、学校保育希望者が多かったのです。
( ̄‐ ̄)。oO(指導者を集められなかったのでしょうか?それとも、予算がなかった?……)

他市も学校保育に取り組んでいる所もありますが、担任ではなく、補助教員が取り組んでいる地域が多いです。
( ̄‐ ̄)。oO(希望した人数が少ないこともある……)

しかし千葉市は補助教員がほとんどいないので、これらを全て担任をしている教師がやっています。

つまり、普段担任している教員が、学年末の目が回る忙しさの中で、2時間ごとのシフトをしいて取りくんでいるということです。
( ̄‐ ̄)。oO(出欠席の確認が一番厄介……)

また千葉市は、学校保育だけでなく、昼食の準備が厳しい家庭のために、お弁当を注文できるようにもしました。

そのお弁当の注文数の確認やキャンセル、ゴミの処理も担任が行いました。

こういった市長の政策は、市民に優しい政策のように見え、実際に支持する市民がほとんどです。しかしその陰で、他市に比べて人員の少ない千葉市の教員の奮闘ぶりに目を向けてほしいのです。

しかしそんな千葉市も、一向におさまる気配のない新コロナウィルスの広がりの中で、休校を延長するしかありませんでした。当初、16日までだった休校は、修了式前日まで延長されました。
( ̄‐ ̄)。oO(卒業式は、卒業生とその保護者の参加のみ、時間も短縮……)

今度子どもたちに会えるのは、24日の修了式のみ。

そして、2,3月限定の現場復帰の私にとって、おそらく本当に最後の小学生になるのだと思います。





卒業式に何かひと工夫添えて

総理大臣の要請により、結果的に、全国の多くの学校の卒業式がなくなったり、短縮しなければならなくなっています。(このご時世であるからであることは理解しています)

先日書いたように、日本人は「卒業式」に対して強いこだわりがあります。

ゆえに、それができなくなったり、簡単に済まさなければならなくなったことについて、申し訳ないし、気のどくでたまりません。

今、おそらく全国の学校で、卒業式ができなかった学校はそれに代わる何かを……、

そして、

短縮して行われる学校は何かひと工夫添えることを考えているに違いありません。





「卒業式」を大切にする日本文化

こんなご時世……、どう考えても、学校を閉鎖して新型コロナウィルスの拡散を防いだ方が良いはずなのに、日本人はそれよりも「卒業式」を大事にすることがわかりました。

休校中にも「卒業式」の日だけは卒業生とその保護者のみが登校して短い式を開く学校や、

休校は「卒業式」直前までにしている学校……、

日本中なんとか「卒業式」だけは開いてあげたいという思いでいっぱいです。

逆に、春休みまで一気に休みにして…、卒業生が突然の別れになってしまって卒業式ができなくなり、涙する子どもたちや教師たちの様子に国民皆「かわいそうだ」「なんてひどいことを」という思いを持った人が、私も含めて少なくないと思います。

なぜ日本の学校はここまで「卒業式」を大切にするのでしょうか。

それはおそらく、

1) 日本に言霊信仰の文化があり、『おわり』と言っておかないと終わったことにならないと考えること。

2) 関連して……、終わったことに対する証明にこだわる文化があること……。

3) 未来よりも取り組んできた過去を大切にする文化があること。

等々と関係があるのではないかと考えました。

いずれにしても今回の政策が(春休みまで休校を要請した政策が)、現場の思いを無視し、現場の実態知らずの素人考えであったことは否めません。

全体的な取り組みの遅れが、現場の声や実態を聞き取る余裕がなく、「やってますポーズ」優先な取り組みになってしまったことが残念です。

私は基本的に臨時休校支持です。ただ、その手順や方法に課題があったと考えています。




卒業式の袴が話題になっているけど……

卒業式の子どものについて議論されていますが、先日も書いたように、何を着るかは本人の自由。国や行政、学校が禁止したり、命令したりすることではない、というのが私の考え。

ただし、その文化については、いろいろな論評があってもいいし、学校側も、学校が考えている卒業式の教育的意義をもっと語るべき。

それらを情報として保護者や子どもたちが判断します。もちろん、保護者や子どもたちにも意見表明権はあります。

トイレを我慢して体調を崩す子がいることは事実のようです。

しかし、業者は、簡単にトイレに行けるをすぐに開発・販売するでしょうね。




卒業式の来賓として参加させていただきます

 明日の卒業式、校長先生や職員のみなさんのはからいで、なんと来賓として参列できるようになりました。来賓と言うのは、職員の真向かいに座っている「来賓」です。

 来賓と言うのは、PTAや地域で重要な役についていらっしゃる方や、中学校の校長先生などが参列します。担任していただけの退職教員が参列することはあまり聞いたことがないので、いいのなかぁ?と恐縮してしまいます。

 卒業式は参観するつもりでいましたが、体育館の外から覗いたり、一番後ろからそっと見守るつもりでいたので、来賓として呼んでいただけるとは考えてもいませんでした。とてもうれしいです。

 というか、人生に二度と、こういった機会はないと思います。2,3,5年生と3年間担任させてもらった子どもたちや保護者の皆さんにも感謝したいと思います。

 では、明日、よろしくお願いいたします。

※関係職員には全員招待状を出すこと、普通はお断りすることなどを後から知って、冷や汗ものです。


 


別れの会から式典になった卒業式

 ここ数日、ずっと書いてきたように、日本の小中学校の卒業式は、別れの会という意味合いから式典の意味合いに完全に変わってしまったと言うことです。これは学習指導要領の特別活動の部分で、卒業式は儀式的行事だと明記されてからますますその意味合いが強くなりました。

 服装も式典に合うような服装になり、管理職の挨拶も、束ねた長い紙を読む形でのあいさつが増えてきています。かつては在校生の子どもたちの手によって飾られていた装飾も取り払われ、会場は紅白幕で囲われます。

 式典なので、所作もこまかなところまで決められ、その年によって工夫されるのではなく、毎年同じことが繰り返されます。

 どうしてもそういった教育が子どもたちに必要であるならば、別の場で、子どもたちの自治の力によるお別れの会を復興させるべきです。そういった意味で「卒業生を送る会」の指導について見直してみましょう。教師主導ではなく、子どもたちの発想と決定手続きで運営していくような自治の指導をそこで教えるべきです。

 何もかも上から子どもに教え込む形での教育は、形骸化し、学校教育が希薄になります。

卒業式のはかま禁止問題

卒業式で、男女関係なくはかまを着用する子どもが増えてきています。華美になりすぎること、経済的な負担があること、体調を崩す子が出ることなどの問題が出てきて、自治体や学校ではかま着用を禁止したり、自粛を呼び掛けたりしています。

卒業式で何を着ていくのかは自由です。行政や学校が禁止することではない、というのが私の意見。ただ、色々な問題が起きていることの情報は与えるべきです。教育の場としての卒業式の意義を語ることも必要でしょう。

「親が判断できないから学校で禁止する」「親が卒業式の意味をわかっていない」などと文句を言う前に、自治体や学校と保護者で胸襟を開いて長い時間をかけて話し合うべきだと考えています。


 

卒業式に向けての担任達の挨拶が多くないか?

 地域によってこういった風習に違いはあるとは思うのですが、卒業式に向けて、6年生の担任達が全職員に対して挨拶をする場面が、勤務していた地域では、3回あります。これは多いのではないか?というお話。

 まず、前日の準備が終わった時点で、準備を進めてくれたことに対してお礼の意味で挨拶(1回目)、そして当日の朝、本日よろしくお願いしますという意味で2回目、そして終わってからお礼のあいさつで3回目。

 私の意見は、前日のお礼の挨拶はいらないと思ってます。職員も子どもたちもみんなでつくりあげていく式だと思うので、どうしても挨拶の場面を入れたいのなら、他の職員からの激励の挨拶ということでどうでしょうか。。

 当日の朝はあっても良いと思います。

 終わってからは、管理職がまとめ的な話をすればよいのではないでしょうか。つまり、1回でよいのではないかと。

 私が6年の学年主任だった時には、3回を1回にはしませんでしたが、主任ではなく若い人たちに話をしてもらうことにしていました。

 職員の当事者性や同僚性が問われる時代になります。こういった風習についても、色々見なおしてみてはどうでしょうか。


 

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

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ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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