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卒業証書ホルダーに変わったこと

卒業証書を入れるのは筒だと決まっていたのですが、最近では卒業証書ホルダーを利用する学校が増えています。

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そして最近では、卒業証書を授与する時に、このホルダーに入れて渡す学校も多いのです。これには違和感があったことを思い出しました。

理由は、渡されて席に着いた後、バサッと音をたてることを避けるためだそうです。先日書いたように、音を立てることにそこまで敏感に取り組んでいるということです。

昔は、証書をもらって自分の席に着き、卒業証書を開いてしみじみと眺めて、涙ぐんでいた子がいたものですが、今ではそんな動作は絶対に許されません。

きちんと儀式をこなすことはそれなりに大切なことかもしれませんが、大切なことを忘れてはならないと強く感じます。


 

卒業生が退場の時に職員が出口まで送ることが許された時代があった

 私が教師になった1980年代の卒業式は、卒業生が退場する時に職員が出口まで送ることが許されていた。今では、職員が座席から動くことが許されない。儀式において見苦しい動きは許されないと言われた。

 その頃は、「対面式」と呼ばれた卒業式がまだ存在した。卒業生と在校生が向き合う形で行い、卒業証書授与はステージを使わずに、フロアーで校長が渡した。そこでは子どもが台に乗り、校長は下から証書を渡した。

 当時は、卒業生は練習の時から泣き出す子もいた。今は、子どもたちは怒鳴られ、長くお説教される卒業式の練習が大嫌いになってしまった。

 これらは単に、式で子どもたちがどちらを向いているかの問題ではない。それまでに子どもたちとどういう関係を築き、それが卒業式にどう反映されるのかの問題だ。卒業式で子どもたちと何を共有しようとしているのかの問題だ。

 教師のスタンスを変えたのは、教師個々の問題ではない。卒業式を学習指導要領により儀式化し、それを強化することで学校の権威付けと、国のための子どもづくりを上からの指導で進めようとする政策の中で教師個々は苦悩していると見るべきだ。

 今からでも遅くはない。子どもたちと、どんな卒業式にしたいのかを一度話し合ってみたら良い。きちんとする、間違えないとかではなくて、仲間と一緒に過ごしてきた時代を振り返り、その節目としての卒業式の日に、どんなことを考えるのか、その日をどんな日にしたいのかを交流してみたら良い。

 そういった話し合いがあると、不思議に子どもたちはきちんとするものです。

 もちろんそれが目的ではないのですが。


 

卒業証書のもらい方は右腕からか左腕からか

 卒業証書は、片腕ずつ受け取る。その時に出す腕は右か左か…、といった議論が各学校である。私自身は、学校によって違っていたという経験がある。つまり、決まっていない、ということ。どちらでもいいこと。

 ただ、日本人は、同調が大好きなことと、揃っていることに美しさを感じるようなので、どうしてもどちらかに統一したいので議論になる。

 ちなみに公的機関は右で統一されているようだ。例えば、警察には 警察礼式と言うものがあり、次のように書かれている。

警察礼式(昭和二十九年八月二日国家公安委員会規則第十三号)

(辞令書等を受ける場合)
第十七条  辞令書、賞状等を受けるときは、授与者の席を離れること約三歩の所で敬礼を行つた後、適宜前進し、右手でこれを受け、左手を添えて開いて見た後、直ちにこれを左手に収め、旧の位置に復して、再び敬礼を行い、退去する。

自衛隊にも同様の規則がある。

海上自衛隊礼式規則 昭和40年5月24日 海上自衛隊達第33号

(賞状等を受ける場合)
第10条 海上自衛官は、室内において賞状等を受けるときは、授与者から約3歩のところにおいて停止して敬礼を行った後適宜前進し、賞状等を受ける際、帽を左わきに挟み、右手をもつて賞状等を受け左手を添えて一覧し、終わって左手に移すとともに帽を右手に移して適宜後退して元の位置に復し、再び敬礼を行って退去するものとする。

 この場合は帽子を左わきに挟むので、必然的に右手が出てくるのでしょう。

 総務省消防庁のサイト 「消防団員の方へ 基礎コース」にも、受領するときは右手で行い、同時に左手を添えて、辞令、賞状等を受領し、とある。

 そしてなぜか、学校では左手から、と指導する学校が多い。理由は、右手は刀を抜く手だから、不浄の手だからといった理由。なんだそりゃ?と正直思う。

 子どもたちは、出す腕を間違えないことと、その後の所作を間違えないようにと緊張して、卒業証書を受け取ったという感激・感動どころではない。

 卒業式の所作にこだわり、子どもの思いが無視されないようにしてほしいと思っている。

  

学校珍百景:卒業式での女性教員の袴

卒業式をはく女性教員
 地域によって若干の違いはありますが、卒業生の女性担任が、卒業式においてをはく習慣がある地域が多いです。
 女子大生が自分の卒業式においてをはくことはよく知られていますが、最近の小中学校において、女性担任がをはいていることはあまり知られていません。
 ということで、卒業生の女性担任は、卒業式当日、自腹で早朝から美容院に行き、数万円かけてをレンタルしたを身につけ、高いぞうりをカッポンカッポン言わせて出勤・登校してくるわけです。
 ちなみに、男性担任は、結婚式の時と同じように、礼服に白いネクタイですが、最近では、男性担任も袴で出席することが増えてきたようです。
 なお、担任ではない他の学年の職員は、普通の正装であることが普通です。卒業学年の服装よりも目立った服装をするべきではない、という考え方があるようです。
 また、校長はモーニングコートを着るようです。

●学校現場での袴は教員が先
 さて、学校現場における女性の袴について調べてみると、女性が袴をはくようになったのは、学生ではなく教員が先だったようです。明治から大正時代に女子学校の教員が着用していたのがはじまりだということでした。そしてそれが次第に学生の制服として着られるようになっていったようです。
 女性教員が袴をはくようになったのは、おそらく着物よりも動きやすいからだと考えられます。当時から、動き回らなければならない職業だったのでしょう。
 そして、女学生が卒業式で袴をはくようになったのは、教育を終了し社会的知識と気概を習得した者の正装という意識からだったのではないでしょうか。
 現在でも伝統のある女子大などでは、権威を誇る教授が、卒業式の服装として「袴姿が望ましい」とコメントしたりというエピソードもあるようですが、一般的には流行だと考えられます。

●「ハレとケ」の世界観
 さて、もう一つ忘れてはならないのは、柳田國男氏が見いだした、「ハレとケ」という日本人の世界観です。
 ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表していて、 "ハレ" の場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、 "ケ" と区別するという考え方です。「晴れ着」という言葉は、ここからきています。
 卒業式はこの場合「ハレ」にあたりますので、普段とは異なる改まった衣装で、卒業を祝うという世界観です。ゆえに教師も、普段とは異なる、あらたまった服装で出席するわけです。その服装が、女性担任の場合袴だということだと思います。

●祝う服装は自由
 ここで注意しなければならないことは、卒業を祝う気持ちは誰もが同じであるし、その表し方についてはそれぞれ自由であるということです。
 もちろん、服装が突飛であったり、その場の雰囲気を壊すものであってはならないと思いますが、 "卒業式での女性担任は袴で参加するべきだ" とか、 "袴じゃないから祝う気持ちが足りない" だとか考えるのは大きな勘違いであり、間違いであるということです。
 しかし残念ながら、スーツで参加した女性担任に対して、一部の保護者から、 "祝う気持ちが足りない" という的外れな批判が起こることがあるのが現在の教育現場です。
 卒業式が「儀式的行事」というふうに学習指導要領で定義され、所作や雰囲気ばかりが重視されるようになってしまいました。服装もその一つだと思います。
 そんな中で私たちは、子どもたちに伝える大切なことを軽視してしまってはいないでしょうか。
 「動くな!」「音をたてるな!」と指導?する前に、子どもたちとの関係、子どもたち同士の関係の中で、「卒業」をどう指導するかについて、こんな時代になってしまったからこそ、見つめ直してみる必要があるのではないでしょうか?その上に立って、教師の服装についても考えてみたいものです。


 

卒業式で電報を読むことについて

 卒業式電報を読む習慣があります。自治体の首長や議員さんからも来ます。式の流れの中ではそれを優先で読まなければならないと主張する校長がいました。
 
 市長さんや議員さんは、同日に開かれている他校にも同じ文面で送っています。送っていただいたのはありがたいのですが、それよりも低学年の頃に担任して今は本校にいない先生からとか、息遣いの聞こえる電報を呼んだほうが良いと職員は主張したのですが、その校長は断固として譲りませんでした。

 今はたくさんの方から電報をいただくので、それを掲示板に貼って紹介したり、縮小して印刷して保護者に配布したりしている学校が多いのではないでしょうか。
 
 そして式の流れの中で読む電報は、ゆかりのある先生からの電報を読むことが多いです。また。読む人も、教頭や教務主任ではなく、卒業生を担任したことのある職員が読む、といった配慮をしている学校が増えてきています。
 
 上からの卒業式、上への忖度としての卒業式に対する、現場の職員の小さな小さな抵抗です。こうした行為が光るのだと思います。


 

卒業式で後ろを向かせるにも一苦労だった

 今の卒業式で、卒業生の「別れの言葉」や「合唱」は、在校生や保護者の方を向いて……、つまり、回れ右をして行うことが普通になっています。呼び掛ける方向に向くのが自然だからです。

 しかし、この「回れ右」をさせることがなかなか管理職の同意を得られない時代がありました。管理職は、正面を向いたまま、別れの言葉や歌を歌うことに異常にこだわりをもっていました。「正面」という概念を大切にしなければ上から何を言われるかわからない、というように。

 そんな大切な「正面」に、お尻を向けることは失にあたると言われました。だったら、校長の話も正面を向いてやりなさいと言ったら、キレられたことがありました。(笑)

 日本の儀式が、「正面」を大切にするのは、神道や武道、天皇陛下の御真影が講堂の正面にあったことなどのなごりですが、それを守ることが日本の文化を守るのだという考えがいまだに上の方達にあります。

 そして、理由を知っていて主張する方は良いのですが、ほとんどの管理職は、なぜ自分が登壇する時に正面にお辞儀をするのかがわかっていなくて、言われた通りに慣例としてやっている人たちが多いのです。

 理不尽なこと、時代に合わないことを子どもに強要しなければならない時には、そもそもの意味を学んでみましょう。教えることに納得できるときもあれば、それでも変えなければならないこともある。それを学ばずに強要するのは、何よりも子どもたちが不幸です。

  

卒業式に動いたり音をたてたりしてはいけない理由

 卒業式の練習の渦中だと思います。卒業式では、おしゃべりはもちろん、音をたてたり、動いたりしてはいけないことになっています。それは何故かを調べてみたのですが、どこにも書いていませんでした。
 
 つまり、そんな理由はないし、決まりやマナー、ルールもないということです。教師も、そんなことは考えないで指導しているのでしょう。そういうものだと決めつけて。

 ただ一つ、学習指導要領では、卒業式は特別活動の『儀式的行事』ということになっています。卒業式に音をたててはいけないことは、この『儀式』という言葉に根拠を求めるしかないようです。(入場の歩き方も、静々と歩くように指導する学校も多いです)

 儀式とは、特定の信仰、信条、宗教によって、一定の形式、ルールに基づいて人間が行う、日常生活での行為とは異なる特別な行為です。つまり、卒業式非日常的な神聖な場として演出するための方法が『音を立てない・動かない』ということだと思います。
 
 音を立てない、動かないというのは、どちらかというと神道文化よりも仏教文化なのではないでしょうか。禅の世界とかありますので。いずれにしても、神聖な場としての演出であり、子どもが学校の指導通りに行動するのかがその年の学年教師の評価につながってくるということらしいです。
 
 音を立てない、動かないという指導は年々厳しくなり、感動する間もなく体調を崩して途中で倒れる子がいたり、退場後、涙ではなくほっとしたため息が出る卒業式が増えています。今の卒業式の評価は、子どもたちが素直に表現してくれているようです。

  

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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