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自前の生活、自前の文化、自分の言葉の取り戻す(4)~特別活動における演技・発表実践をとっかかりに~

各学年の演技は、学校文化、エンタメ文化、ニューカマー文化、プラス・ジブリ文化を上手にミックスさせた演技内容でした。職員の指導のレベルの高さに感心し、うれしく思いました。

これは、学校くさい文化を子どもが歓迎しないことを感じ取っている教師が、上手に他から文化を取り入れ、自前の文化を作り出そうとしている試みだと思いました。

特徴的なのは、エンタメ文化、ニューカマー文化は、演技の導入で使うことが多いこと、そして最後は、感動的な合唱や合奏でまとめ上げているという流れがあること、そして、その学校独自のエピソードを取り入れている学年の演技もあったことです。

課題もあります。

それは、教師たちの「自前」を子どもたちの「自前」に変換させていくことです。

子どもたちの自治の力で演技を完成させていくことです。

そのことについては、また別の機会に提案できると思っています。

(おわり)

    


自前の生活、自前の文化、自分の言葉の取り戻す(1)~特別活動における演技・発表実践をとっかかりに~

子どもたちの学校生活が、細かなところまで管理・支配され、自前の生活文化、自分の言葉さえ失っているのではないかという実態に対してどう切り込むのかを考えてきました。

これは子どもたちだけでなく、教師の指導もまた自前が許されず、上からの御達し通りに指導することばかりに振り回されている状況があります。

そこに切り込むためには、まず学校現場における指導の実態…、特に「文化活動」の指導がどのように展開されているのかを見てみたいと考えました。

なぜ「文化活動」に目を向けたのかと言うと、その部分に辛うじて、教師の指導の自由さが残されているように思うし、受け取る子どもたちの反応が目に見えて良くわかることがあるからです。具体的には、運動会のダンスや、全校学習発表会・フェスティバル的な指導での発表内容、そして「六年生を送る会」の学年演技などを見てみたいと思いました。

ところが、今さらながら気づいたのですが、学習指導要領の中には、「文化活動」という言葉は使われていないのです。我々はずっと使っていたのに学習指導要領では使われていないのです。

文化活動」という言葉は、現場で使われてきた言葉であって、お上は使ってこなかった言葉なのかもしれません。

とりあえず、2019年3月1日、前任校の「六年生を送る会」を見せてもらえることになりました。そしてそこで、とても興味深いこと、まだまだ現場は捨てたものではない、ということがわかってきたのです。

(つづく)

    

待ちに待っていた今日(3/1)

 今日は前任校の「六年生を送る会」の参観を許してもらいました。

 先日書いた、「特別活動」の研究課題を持って参観させてもらいます。

 この日が待ち遠しくてしかたがありませんでした。

※今の6年生が5年生の時に担任して定年退職しました。

 11月の学習発表会を観に行く予定でしたが、迷惑をかけてしまうのではないかと遠慮したので、5月の運動会以来になります。しかも、今回は10分間ではありますが、6年生の子どもたちの前で話をさせていただくことになりました。
 
 話をするのは、昨年の3月以来ですから、ほぼ一年ぶりです。

 久しぶりに小学生の前で話すのでとても緊張しています。

 たぶん、上手に話せないと思います。でもいいんです。待ちに待った日が来てくれたことを大切にしたいので。



校則や持ち物について子どもが決定権を失ったきっかけ

 たとえばスマホ持ち込みについては子どもたちが話し合って決めればよいと思うのです。私が若い頃は、制服の是非とか、校則とか、修学旅行の持ち物とか、児童生徒が総会を開いて決定していくといった自治の指導が全国各地から発表されていました。それがいつしか無くなっていった……。そのきっかけはなんだったのかを調べてみました。

 子どもたちにそういった決定権がなくなったのは、どうやら1968年版学習指導要領の「特別活動」の修正にあったと考えられます。その学習指導要領とはどういったものだったのでしょうか。
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<山本敏郎先生の授業資料をお借りしました>

 子どもたちの自主的活動である[学級活動]とは別に、教師の指導のもとに行われる[学級指導]…、つまり学校給食、保健指導、安全指導、学校図書館の利用指導等を置くことで、子どもたちの自主的活動を制限するとともに、学級における教師の主導権を制度化しようとしたということです。

※その後はさらに変化していきますが、今回はその後の変化については触れません。

 スマホの問題についても、今の学校現場が、子どもの自治活動として指導するのではなく、教師主導のルール作りとしか考えられなくなったのは、この学習指導要領からだったと思われます。

 ちなみに、1968年に決まったからといって、現場はすぐにそうなるわけではありません。私が教師になったのは、1981年ですが、その頃には子どもたちが総会でルールを決定する実践はまだ残っていたのです。その後の学習指導要領によって、教師主導型がさらに強くなっていったということですが、1968年版はそのスタートであったと考えて良いと思います。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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