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運動会を見学して……

土曜日に、奥さんの小学校の運動会を見学させてもらいました。

その学校とは奥さんが勤務しているだけで直接関りはなかったのですが、来賓扱いしていただいて、テントの最前列に座ることができて、恐縮してしまいました。

さて、最近の運動会で変わった、と感じたことを書いておきます。

(1) 休憩・給水Timeがある。
春の運動会ですが、連日の猛暑。
熱中症を防ぐために、休憩・給水Timeがあります。
学校によっては、前日に、当日の天候を考えて、種目を減らす学校もあったようです。

(2) 玉入れはほとんどがダンシング
これは、関東地方では、運動会時短云々の話題が出る前から玉入れはダンシングでした。しかも時短のためではありません。楽しくやるためです。玉入れとは別にダンス演技もありました。

(3) 校内に入る際に厳しいチェックがある。
不審者対策です。
チェックはPTA活動として取り組まれていました。
私も、職員の家族であることを一生懸命説明しなければ入れませんでした。
認めてもらうと、簡単な紙のリストバンドをもらってされをつけて校内に入りました。

(4) 駐車場は使用禁止。
職員以外は駐車場は利用できません。
(浦安市では、職員も日頃の利用は有料です)
近くのコンビニやファミレスには、〇〇小学校の運動会のための駐車は厳しく取り締まることの貼り紙がされていました。

(5) 6年生は親子競技が多い
6年生の競技には、親子競技がありがち。
保護者に並んでもらうことがとても大変。
事前に連絡を流しても、当日大きな表を掲示しても、なかなか全員揃わなくて苦労します。

(6) スタートのピストルは相変わらず
音に敏感な子どもたちのために、ピ゛ストルの音はやめてほしいのですが、そういう子がいないのか?市内の学校のほとんどのスタートはピストルです。

(7) 職員レース、PTAレースは外されがち
暑さ対策等の時短のために外されがちなのは、 職員レース、PTAレース。

(8) 応援団長は、なぜか学ランか、袴。
この不思議な文化について、機会をあらためて調べてみたいです。

(9) 入退場の曲、演技中の曲の順番等は、全てPCで制御。

(10) 教師のサングラスは届け出がない限り禁止。服装についてもウルサイ学校が増えている。そんな中、Tシャツをそろえる学校が増えている。


【学校珍百景】三部作
  

運動会の半日問題

本日、浦安市の小学校では、運動会を実施する学校が多いので、何校か見学してくる予定。

現場の空気を吸うことは大切。現場感覚こそ、私が大切にしなければならないこと。それが大学の講義にもつながっていく。

運動会に向けて、この一か月の現場の先生たちや子どもたちの練習は本当に大変。

時には他の教科の時間も使って練習が行われることもある。

毎日のように校庭に出て練習し、子どもたちがなかなか動いてくれない時のストレスは尋常ではない。

そんな中、運動会を半日にしようという話題があちこちで起きていて、賛否意見が別れているが、現状では、こんなことが成立していることが奇跡。

そしてその奇跡をもたらしているのは、教師たちの信じられないくらいのがんばりであることはあまり知られていない。

※地域によっては、運動会の時間はそのままに、内容をスリム化している地域もあるという情報をいただきました。

文科省が教師の数を増やしたり、教育課程をゆるやかにしたりするなどの政策を打ち出さない限り、運動会を半日にするのことも、寂しいけれどやむを得ないだろう…、というのが今の私の考え。
(心情的にはたっぷりやりたい派。運動会大好きなので。)

※教育課程はゆるやかになるどころか、英語やプログラミングなど、教師の負担は増えるばかり。


【学校珍百景】三部作
  

再掲載//〈力芸〉と〈競闘遊戯会〉

『世界の不思議』、日本の運動会について調べてみようと思いました。

理由は、最近の教育の極端な右傾化(教育勅語問題等々…)の中で、運動会もまたその『空気や力』に利用されることのないようにしたいと思ったからです。

それは、盲目的な精神主義、出来栄え最優先のための強制的指導と訓練主義な運動会を賛美することに批判的でなければならないということでもあります。

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さて、日本の運動会の起源は、1868年に幕府の横須賀製鉄所において技術者・職工らによって行われたものが最初であるとする説もありますが、一般的には、1874年海軍兵学校でイギリス人教官指導のもとに開かれた〈競闘遊戯会〉とされています。提案したのは、明治政府が招いた英国の軍事顧問団。

その時は徒競走や棒高跳び、三段跳びに加え、二人三脚、肩車競走、豚追い競走等。18種目だったそうです。

かなり軍事教練的で、たとえば海軍兵学寮での「障害物競走」「綱引き」は兵隊の俊敏さや体力を鍛えるのが目的でした。「障害物競走」は前線を駆け抜ける訓練。「綱引き」は重い大砲を挽くためのものという説も。玉入れも、手榴弾とかを投げる訓練だったとか?

「騎馬戦」「棒倒し」は自由民権運動の「圧政棒倒し」「政権争奪騎馬戦」が原点ですが、当時の運動会が、軍事的、政治的な背景をもとにして生まれ、運用されていたことは事実のようです。

しかもこの運動会は、日本人の教師・学生の自発的な動きとして開かれたものではなく、審判も教師として来ていたイギリス海軍の将校や下士官が行っていました。ゆえにこのイギリス人がいなくなると自然になくなってしまいました。
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一方その4年後の、1878年に札幌農学校(北海道大学の源流)で〈力芸会〉が開かれました。この「少年よ大志を抱け」で有名な札幌農学校の運動会の方が日本の運動会のルーツだという説もあります。

クラーク氏は札幌農学校で専門の学問を教えただけでなく、体操やスポーツも教えました。戸外の様々な運動を奨励し、雪中の長距離遠足なども実施しました。

彼がまいた種は、彼が去った翌年にわが国最初の、日本人の手による運動会として開花したということのようです。

場所は札幌市北一条通りであり、第1回遊戯会(1878年)と名付け、実施される種目を「力芸」とよびました。

ちなみに第1回遊戯会の種目には、100ヤード走、200ヤード走、四分の一マイル走、半マイル走、一マイル走、走り幅跳び、走り高跳び、棒高跳び、バンマー投げなど、今日の陸上競技種目の他に、二人三脚、竹馬競争、提灯競争、カエル飛び競争、じゃがいも拾い競争、食菓競争(パン食い競争のルーツ)等々、レクレーション的な競技が採用されていることが注目されます。

なぜ最初の遊戯会にレク的な種目が入っていたのかというと、クラーク氏の教えは、学校・学生は地域の中の一員としてあって、共に生活する者としていることが大切であったからです。
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「軍事的鍛錬」「富国強兵」を謳い、政治的な背景の中で生まれた〈競闘遊戯会〉。

一方、学校・学生は地域の中の一員としてあって、共に生活する者としていることが大切であると謳った〈力芸〉。

現在の運動会も、〈力芸〉の意義をもう一度見直し、大切にしたいと願うのは私だけでしょうか。

<参考>
城丸章夫『スポーツの夜明け』


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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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