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「ちくちく言葉」と「ふわふわ言葉」

仕事の愚痴を言っていたら、孫から
猫じーじ(こう呼ばれている)、ちくちく言葉はダメだよ」
と言われました。

ちくちく言葉???

初めて聞く言葉だったので、どういう意味なのか聞いてみると、相手を傷つける言葉を「ちくちく言葉」、逆に、言われてうれしい言葉を「ふわふわ言葉」と最近では教えるそうで、こども園や低学年の道徳で出てくるらしいのです。


誰かの悪口を言っていたわけではなかったのですが、悪い言葉を、孫の前で知らず知らずのうちに使っていたのかもしれません。大いに反省しました。


同時に、ああ、最近の子どもたちは、相手を傷つける前に、使って良い言葉といけない言葉をチョイスするように徹底的に教えられるんだな、とあらためて思った次第です。

しかし、そのことが徹底されるのは、2年生くらいまででしょうか?

その後、多様な仲間たちと交わる中で、言葉を超えた気遣い、言葉では言えない思い、言葉とは裏腹の関係……、そういったことを(も)経験していくのでしょう。


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つくられた美談が増える可能性あり

東京オリンピックに向けての動きの中で、つくられた美談が増え、道徳や生(徒)指導で利用されるのではないかと懸念しています。

実は、日本は過去に何度もそういったことを繰り返しているのです。

死んでもラッパを離さなかった木口小平(日清戦争)、船内に残った部下を探しているうちに敵弾に倒れた軍神広瀬中佐(日露戦争)、敵陣を突破して爆死した爆弾三勇士(上海事変)、戦意高揚を目指した時の政府は、死をも怖れず任務を遂行したたくさんの勇者の物語を作り上げました。

戦争だけではありません。テニスの「やわらかなボール」の清水選手の話は作られた話であることは有名ですし、イチロー選手の話もいくつか紹介されていますが、本人の確認が必要です。

八村選手や久保選手、大谷選手など、世界の超一流レベルの選手についても、まずは本人の人権を守ることを前提にして応援したいものです。

ところで……、伝記物語というのは、文学界の中で、どんな位置づけと評価がされているんだろう?

ちょっと興味を持ちました。

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続・新元号『令和』

時間が経過するにつれて、新元号令和』について、様々な情報が入ってきますね。

この前の私の書き込みは、11:53、つまり発表されてすぐに投稿しました。

その時に気になったこと二つ。そのことについても答えがわかってきました。

一つは、『令』の字の中身の問題。「マ」なのか、「令」なのか、という問題。

調べてみると、元々の字は、中身が『マ』になっているもののようです。

一方、『令』の方は、中国の『明』の時代に印刷用の版木(板木)を彫刻するのに適した形で作られた漢字だとか。彫刻しやすいように変形されたらしいです。

結論は、『どちらでも良い』でした。

二つ目は、万葉集って言いきってしまって大丈夫?という心配。

この心配は、現実に。

万葉集は、
『初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。』

しかしそれ以前に、
『於是仲春令月,時和氣清。』
という漢詩があったようです。

そもそも漢字そのものが中国からの輸入品。

それはそれでいいじゃないか、と思うのです。

あまり、日本、日本と言わない方が良い。

文化は世界でリンクしていますから。

#令和
#新元号


  


ルールを問う力

TY大学で,T教授を立看板を立てて批判した学生を退学処分にする・しないの話題が広がっています。

それに対してネット世論の中には「ルールなんだから(立看板禁止等)守らなければならない」「ルールを破ったのなら処分されて当然」といった声が多いです。

ルールについては、教育的には次の3つのことを教えます。

①作る手順(みんなで決めて)
②遵守すること(みんなで守る)
そして3つ目が
③作ったルールについて問うこと

特に3つ目の力を育てることは、ルールに限らず、メディアについても、国が決めてくる「道徳」についても大事なのだと考えています。

年頭の挨拶に加えてほしい一文「『特別の教科 道徳』の形骸化」

今年の年頭のあいさつに、特別の教科 道徳について触れることを忘れてしまった。
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-4170.html

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●『特別の教科 道徳』の形骸化

あれだけ、珍百景を繰り返していた特別の教科 道徳であったが、最近では現場では話題にならなくなってしまった。早くも形骸化しているという話を聞く

授業は上から指示された通りにどのクラスも同じようにやればいい。国語ほど難しくない事例を読んで、子どもに意見を言わせればいいのだから、そんなに難しくない。

話題になっていた通知表の「文章評価」も文例が出尽くしているのでそれを参考にすれば良い。あとは管理職が赤ペンや付箋で修正してくれる。まさに茶番。

※このことについては、すでに私はブログで予言していました。まさにその通りになっているのです。

▼特別の教科 道徳 の評価
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-3368.html

この記事を書いた時は、道徳を推進したい側はもちろん、評価の問題をそんなに簡単に考えていいのかと、特別の教科道徳に反対の立場の側からも批判された。しかし私の言った通りになっている。そもそも道徳の評価を通知表に文章評価することほどの茶番はないということ。

もともと「特別の教科道徳」そのものが「茶番」であり、こんなことで子どもが育つはずはないことを教師はわかっていて指導する、子どももそれに合わせる、といった茶番を超えた『嘘芝居』なのだ。

このクソ忙しい現場に、こんな茶番や嘘芝居を持ち込むことは即刻やめたほうがいい。授業も評価も無駄な時間だ。

もっとリアルな生活指導や道徳教育を推進するべきなのである。
----↑ここまで↑----


現場では早くも形骸化「特別の教科 道徳」

現場では「特別の教科道徳」が早くも形骸化しているという話を聞きました。

授業は上から指示された通りにどのクラスも同じようにやればいい。国語ほど難しくない事例を読んで、子どもに意見を言わせればいいのだから、そんなに難しくない。

話題になっていた通知表の「文章評価」も文例が出尽くしているのでそれを参考にすればいい。あとは管理職が赤ペンや付箋で修正してくれる。まさに茶番です。

※このことについては、すでに私はブログで予言していました。まさにその通りになっているのです。

▼特別の教科 道徳 の評価
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-3368.html

この件については、道徳を推進したい側はもちろん、評価の問題をそんなに簡単に考えていいのかと、特別の教科道徳に反対の立場の側からも批判されました。しかし私の言った通りになっている。道徳の評価を通知表に文章評価することほどの茶番はないということです。

そもそも特別の教科道徳そのものが「茶番」であり、こんなことで子どもが育つはずはないことを教師はわかっていて指導する、子どももそれに合わせる、といった茶番を超えた『嘘芝居』なのです。

このクソ忙しい現場に、こんな茶番や嘘芝居を持ち込むことは即刻やめたほうがいい。授業も評価も無駄な時間です。

もっとリアルな生活指導や道徳教育を推進するべきです。

道徳は湧き出てくる心の叫びを問うことでもある

先日、千葉県八千代市で道徳の実践の話をしてきました。

そこでは、

1)オリンピックの授業
2)二わのことり の教材分析
3)モドリッチとジョコビッチの活躍 

の三つの自作実践を話してきました。

すると、6年生を担任している方から、卒業に向けて何か道徳の教材になるものはありませんか?という質問がありました。

そこで、尾崎豊の「卒業」、今だったら欅坂の「不協和音」とか「サイレントマジョリティー」、中学校、高校だったら、先日の樹木希林さんの娘さんの告別式での挨拶を読み拓いてみたらどうかと提案してみました。

尾崎豊の「卒業」は単なる不良の歌ではなくて、卒業とは今までの古い自分や、とらわれていた既成概念を壊して、新しい自分との出会いを求めることの苦しさを歌った曲だったと記憶しています。

一方で、義務教育学校が試行・施行される中、小学校の卒業式の意味が問われているのではないかと思っています。

単なる儀式的行事ではなく、卒業する意味を子どもたちと一緒にもう一度問い直してみたらどうかと思いました。

日本の教師は自分の言葉を取り戻そう

最近の教師の言葉は、子どもたちに届いているのでしょうか?道端で教師の話をしている小中学生の話が聞こえてくるので聞いていると、どうも教師の言葉は届いていないような気がするのです。

教師の言葉が届かないのに、特別の教科道徳だなんだと言っていても、むなしいだけです。その時間は子どもは合わせてくれるのでしょうが、所詮、お互いに言葉が届いていないことを了解した上での嘘芝居だと言われても仕方がありません。。

どうして教師の言葉が届かなくなったのか…。

それは、個々の教師が自分の言葉を失ったからです。同じ服装で、同じ表情で、同じタイミングで、同じ言葉を言っていては、子どもに言葉が届くはずがありません。

日本の教師は、自分の言葉を取り戻すべきです。

空気を読まずに自分の言葉で発信することも時には大切であり、そんな言葉こそ子どもの心を動かすのだと思っています。

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本日八千代市で講座

本日の午後、千葉県八千代市の市教研「道徳」部会で講座をします。

『道徳』の指導は、興味はありますが専門ではないので、『道徳』に特化した話をするのは、その準備にけっこう時間を使いました。

まずは、「特別の教科 道徳」の授業が、今一つすっきりしない…、つまらない…、三つの理由を提起したいと思います。

1) 嘘芝居
わかりきったことを、まるでたった今気がついたように答える子どもたち……。そんなやり取りも含めて全てが「嘘芝居」。

2) 生き方の未検討
たとえば、友情は本当に大切にしなければならないのかは検討されない。大切にしなければならないことが前提で、どのようにして大切にするかばかりを話し合わせている。

3) 説明責任に特化した評価
通知表の文章評価はなんのため?説明責任のための取り組みに見えてくる。

そして、そんな『道徳』をワクワクさせるための三つのポイントは…、

1> 『道徳リテラシー』を育てる視点

2> 既存の教材を正しく、深く分析すること。

3> 教室を世界的な視野で社会にひらくこと。

これらをベースにして、具体的な実践を三つ、語って来ようかと思っています。

人の心を動かす言葉の発信力

樹木希林さんの娘さん、内田也哉子さんのスピーチを聞いたり、ネットで読み直してみたりしました。

内容についてどうこう述べる力は私にはありません。

ただ、聞いている私たちの心を動かす言葉のチョイスと表現力には感動しました。

ああいった「発信力」は、育ち、言語環境、仲間や自分との出会いと出会い直し、広義な意味での学び……、そういったあらゆる出会いから育った発信力だと思います。

しかし、自分の言葉を使つて表現し、自分の生き方ができる力は、国や外からあれこれ言われたり、忖度したり、といった中では育たないことは確かです。

また、特別の教科道徳をどうするかだとか、学校スタンダードの中で効率よく教育・調教を進めたいとか、小学校からの英語が大切だとか、上から外からの関係ばかり気にしていてはああいった言葉のチョイス、生き方のチョイスはできないのではないでしょうか。


内田也哉子さんのスピーチ----↓ここから↓----

 喪主に代わって、一言ごあいさつさせていただきます。

 本日は足元の悪い中、大変お忙しい中、母・内田啓子の本葬儀にご参列いただきまして、誠にありがとうございます。

 私にとって母を語るのに、父・内田裕也をなくして語れません。本来なら、このような場で語ることではないのかもしれないですが、思えば、内田家は数少ない互いへのメッセージ発信をいつも大勢の方々の承認のもとに行っていた“奇妙な家族”でした。

 また生前母は、恥ずかしいことこそ、人前でさらけ出すというやっかいな性分だったので、皆様が困らない程度に少しお話させてください。

 私が結婚するまでの19年間、うちは母と私の2人きりの家庭でした。

 そこにまるで、象徴としてのみ君臨する父でしたが、何をするにも私達にとって大きな存在だったことは確かです。

 幼かった私は不在の父の重すぎる存在に、押しつぶされそうになることもありました。

 ところが困った私が、なぜこのような関係を続けるのかと母を問い詰めると、平然と、だってお父さんにはひとかけら、純なものがあるからと私を黙らせるのです。

 自分の親とはいえ、人それぞれの選択があると、頭ではわかりつつも、やはり私の中では、永遠にわかりようもないミステリーでした。

 ほんの数日前、母の書庫で探しものをしていると、小さなアルバムを見つけました。母の友人や、私が子供の頃に外国から送った手紙が丁寧にはられたページをめくると、ロンドンのホテルの色あせた便せんに目が止まりました。それは母がまだ悠木千帆と名乗っていた頃に、父から届いたエアメールです。

 『今度は千帆と一緒に来たいです。結婚1周年は帰ってから二人きりで。蔵王とロサンゼルスというのも、世界中にあまりない記念日です。この1年、いろいろ迷惑をかけて反省しています。

 裕也に経済力があれば、もっとトラブルも少なくなるでしょう。

 俺の夢とギャンブルで高価な代償を払わせていることはよく自覚しています。突き詰めて考えると、自分自身の矛盾に大きくぶつかるのです。

 ロックをビジネスとして考えなければならないときが来たのでしょうか。最近、ことわざが自分に当てはまるような気がしてならないのです。早くジレンマの回答が得られるように祈ってください。落ち着きと、ずるさの共存にならないようにも。

 メシ、この野郎、てめぇ、でも、本当に心から愛しています。

 1974年10月19日 ロンドンにて 裕也』

 今まで想像すらしなかった、勝手だけれど、父から母への感謝と親密な思いが詰まった手紙に、私はしばし絶句してしまいました。

 普段は手に負えない父の、混沌と、苦悩と、純粋さが妙に腑に落ち、母が誰にも見せることなく、大切に自分の本棚にしまってあったことに納得してしまいました。

 そして、長年、心の何処かで許しがたかった父と母のあり方へのわだかまりがすーっと溶けていくのを感じたのです。

 こんな単純なことで、長年かけて形成されたわだかまりが溶け出すはずがないと自分に呆れつつも、母が時折、自虐的に笑って言いました。

 私が他所から内田家に嫁いで、本木さんにも内田家をついでもらって、みんなで一生懸命家を支えているけど、肝心の内田さんがいないのよねと。

 でも、私が唯一親孝行できたとすれば、本木さんと結婚したことかもしれません。

 時には本気で母の悪いところをダメ出しし、意を決して、暴れる父をなぐってくれ、そして、私以上に両親を面白がり、大切にしてくれました。

 何でもあけすけな母とは対照的に、少し体裁のすぎる家長不在だった内田家に、静かにずしりと存在してくれる光景は未だにシュール過ぎて、少し感動的ですらあります。

 けれども、絶妙なバランスが欠けてしまった今、新たな内田家の均衡を模索するときが来てしまいました。

 怖気づいている私はいつか言われた母の言葉を必死で記憶から手繰り寄せます。

 『おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい』

 まだたくさんすべきことがありますが、ひとまず焦らず家族それぞれの日々を大切に歩めたらと願っております。

 生前母は、密葬でお願いと、私に言っておりましたが、結果的に光林寺でこのように親しかった皆さんとお別れができたこと、またそれに際し、たくさんの方々のご協力をいただく中で、皆さまと母との唯一無二が交流が垣間見えたことは残されたものとして、大きな心の支えになります。

 皆さま、お一人お一人からの生前の厚情に深く感謝しつつ、どうぞ、故人同様、お付き合いいただき、ご指導いただけますことをお願い申し上げます。

 本日は誠にありがとうございました。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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