先日の浦安の勉強会での話題から。
若い人たちはどうしても子どもとの距離が近くなりがち。
ニックメームで呼ばれ、教師と子どもの関係というよりは友だち関係に近い感じになります。
前にも書きましたが、私は、若い時は変に子どもを取り締まったり管理したりロボットのように動かす技術を覚えるよりも、「教師としての威厳を持ちなさい!」と先輩先生に叱られるくらいが調度いいと思っています。
しかしながら、しだいに子どもに指導が入らなくなってくると(いうことをきかなくなってくると)、その原因は、自分と子どもとの距離が近すぎるためではないかと悩むのです。
そしてしだいに叱る回数が増え、子どもとの関係が悪くなってきます。それが今の時期です。
しかし指導が入らなくなってくるのは本当に子どもとの距離が近いせいなのでしょうか?勉強会ではそれをみんなで考えてみました。
結論から述べると、子どもとの距離が近くてもそれをメリハリとして使い分け、しっかりと指導している教師もいるということです。
つまり、指導が入る・入らないを、子どもとの距離の問題ではなく指導の中身の問題として考えてみたらいいということです。
まずは、取り締まる・管理する指導から、『要求する指導へ』ということ。具体的には、教師のその子に対しての「願い」を大いに語ること。
そして、個別の指導ではなく、その指導を集団的なものに変換していくということです。
集団的なものに変換するとは、個別に評価するのではなく集団的に評価したり、子どもたちみんなでその問題を考えてみたりするということです。
みんなで話し合ってみんなで決めていく。そしてそれを実行していく過程や取りくみ終了後、みんなできめた中身が本当に正しかったかのかをさらに話しあってみる……。
そんな民主主義を教えていく過程でマナーやルールの問題もクリアーできるのではないかということが話し合われました。
いつもありがとうございます!m(_ _)m
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