50代教師としてどう生きていけばいいのかというテーマにぶつかっています。
同世代教師はほとんど管理職や教育委員会でがんばっていますし、現場では「若い人にゆずれ」と言われるし。
"子どもの指導に集中できるでしょ"と、よく言われるのですが、学校全体が私のスタンスと違っている時はどうしますか?という問題があります。
実は
"指導"というのは、学校全体の雰囲気や方向性と様々な面でリンクしているので、"学校へのはたらきかけ"とセットでないと成立しないものなのです。したがって、"子どもだけに集中"などというのは、理論的・現実的にありえません。
熱血先生やスーパーマン先生が現実的には生まれない、というのはそういった理由(指導は学校全体の方針や方向性と様々な面でリンクしている)があります。
したがって、私自身の指導・実践の自由を守るために、学校の方針や方向性に働きかけながら子どもの指導をしていく、ということになるわけです。
ところがこの"学校にはたらきかける"といった面が奪われてしまった時にどうするのか?というテーマが今あります。
一つは、それでも学校や学年の方針を無視して、自分のクラスだけのことをやる、という方法があります。しかしこれは上記に書いたようになかなか難しいし、何よりもクラスの指導もうまくいかないでしょう。
二つ目は、学校の超野党として、もの申していく!という方法。これはかなり嫌われるでしょうね。でも自分の実践の自由や子どもたちの側に立つためにもこの方法がいいのかもしれません。
結論!
上記二つを合体させたあらたな方向性を新年度は生み出していくこと!
これしかないでしょ。