FC2ブログ

大人同士のつながりで安心・解決!

今、自分の子どもが、どんな友だちと遊んでいるのか、学校にどんなものを持っていっているのか、学校でどんなことが起こっているのか等々、以前よりも見えにくくなってきていると言われています。

そんな不安もあり、
「自分のことや学校のことを最近はあまり話してくれない」
と悩む保護者の方も多いです。

しかし、昔(昭和30~40年代をイメージ)から、ある年齢にさしかかった子はもちろん、親に自分のことをたくさん話してくれる子はそんなに多くなかったはず。しかし昔の親は、親同士のつながりから自分の子どもや学校の情報をつかんでいました。

そう考えると、今の状況は、子どもを知ることが難しい時代になったと言えます。親自身の忙しさや生活スタイルの変化(プライバシー重視の生活スタイル)により、大人同士の情報交換の場が少なくなってきているからです。

しかし、大人同士の情報交換が豊かであれば、自分の子どものこと、学校でのことが把握できます。たとえば……、

いじめの問題を考えてみましょう。

自分の子がいじめられているのは、たとえばその元気のなさや、様子のおかしさで気づくことが多いです。しかし、自分の子どもがいじめになんらかの形で加担していることは、"ほぼわからない"といっても過言ではありません。しかも、いじめる側(傍観者含む)にいる可能性の方がはるかに高いことにも注意をはらわなければなりません。自分の子がいじめに加担していないかの把握は、大人同士の情報交換で可能です。

お金の問題を考えてみましょう。

子どもに与えたおこづかいがどのように使われているのか知らない保護者の方が増えているようです。今の時代、子どもたちにとってもお金は魔物です。お金があれば人の心を動かすことができると今の子どもは本気で思っています。また、お金がないと時間がつぶせない社会を私たち大人がつくってしまったのです。お金が何に使われているのか、そしてその使い方が、子どもたちに間違った価値観を植え付けてしまっていないかの注意をはらう必要があります。このことも親同士のつながりがあれば、お金の流れについて知ることができます。

持ち物の問題を考えてみましょう。

高学年になると、学校にいろいろなものを持ち込んできます。特に女子はかわいい文房具系、アクセサリー系等々をたくさん持ってきます。あまりにも度が過ぎて注意しなければならないケースも出てくるのですが、問題は、子どもがそういった物を学校に持っていっていることを家で把握しているのか?ということです。「学校でダメと言ってくれれば持ち込ませません」とよく言われます。もちろんその通りで、学校でも指導します。しかし同時に家で把握をお願いしたいということです。その把握についても親同士のつながりでつかむことができます。

いじめ、お金、持ち物の三点を例に挙げて書いてみましたが、この三点について共通して言えることは、親同士の横のつながりによる情報交換でほとんどのことが解決できる、安心できる、ということです。しかも同時に学校との連携が実現すれば、もっと良い方向に向くと思っています。

日本の教師は上からの評価に左右されない

教師を評価し、給料に反映させている都道府県があります。何を基準にして評価しているのかなあ??いまだによくわかりません。まあ、「上に意見する」教師は、上からの評価が低いことは全国をまわってみて確認済みですが……。

さて、そういった教師(上に意見して評価が低い教師)は元気がないのか?というと、けっしてそんなことはないのです。逆に、さらに胸をはって子どもの前に立ち、子どもたちや保護者から信頼されているという事実が多いのです。この事実をどうとらえるのか?ということは重要です。

一つは、教師のやる気や生き甲斐は、お金では左右されないということ。これはおそらく教師に限らない。

二つ目は、教師の仕事は、子どもたちのリアルな状況からでしかスタートできないということ。つまり、上からああしろ、こうしろと言われても、目の前の子どもたちがそのような状況にない時は、その指示に従うことはできません。さらには、子どもたちの状況は、それぞれの地域、それぞれの教室によって違いがあるのですから、どの地域も同じようにできないのが教育の仕事だということです。

三つ目は、上記の視点に立つ教師にこそ、子どもたちや保護者は信頼を寄せること。

世界的にみても、このような教職員の管理統制を第一義的な目的とする評価制度は、諸外国ではすでに存在しません。

ILOユネスコ共同専門家委員会は、日本の「教員評価制度」それと対をなす「指導力不足教員」制度について、
「教員団体との十分な協議の過程を欠いていた」
「主観的評価が行われることが明らか」
「公開制と透明性が欠如している」
「不服申立の明確な権利が全く存在しない」
など国際基準から見て不十分であり、
「ILO・ユネスコの『教員の地位勧告』に抵触する」
というきわめて厳しい内容の「勧告」を行いました(2003年11月)

にもかかわらず、文科省は、このように国際基準に達しないどころか非難の対象ともなるような制度を、学校現場に一方的に持ち込んでしまったということです。

それでも日本の教師はめげずにがんばっているという事実を、ぜひみなさんにも知ってほしいのです。

「嵐」踊ってます\(^O^)/

「6年生を送る会」の準備が始まりました。
\(^O^)/

3年生の出し物の中に、嵐の「Love so sweet」を全員で踊る場面が出てきます。6年生が5年生の時の運動会で踊ったダンスを3年生がチャレンジしてみるという内容です。
\( 内容は秘密ではないので )/

さて、今回は私も一緒に踊るつもりです。6年生がこれを踊った時に担任をしていたので、6年生のためにもやはり私も踊るべきだと……。
\( 実はもう半分めげている )/

それにしても、50歳をすぎて、「嵐」を踊るとは思いませんでしたww。
\( やっぱりやめようかな )/
\( そうだ!かぶりものをすれば!! )/

生活指導 2011年3月号

cover_11_3.jpg

特集 特別なニーズを持つ子どもをどう支援するか―いま「強い」指導を問う
特集のことば
小学校/学習室(特別支援級)の役割とは?―ゆうきの指導のなかで考えたこと
小学校/望とステキな仲間たち!!みんなでいっしょに成長していこう!!
小学校きみは一人じゃない―苦しんでいる子を真ん中にして―
中学校/2の1の話PART2―道夫とクラスの子たち
<分析論文>「強い」指導に対抗するための子ども観・指導観の確立を
第2特集 一年間のまとめをしよう~実践のしめくくりのアイデア~
今月のメッセージ
私の授業づくり (第24回)
実践の広場
案内板 集会・学習会のお知らせ
〈発達障害〉の理解と支援―学級・学校・地域を育てる (第12回)
教育情報
読書案内
<報告>日本生活指導研究所より
読者の声
特別支援学校の現在と課題 (第4回)
<投稿論文>宗教教育を考えるために
二〇一〇年度既刊目次
編集後記

休職・退職する教師が増えていること

どの地域でも、教師の休職者、退職者が増えています。

文科省はその原因として、
・多忙な職務。
・保護者からの要望の多様化。
・生徒指導の複雑化。
・職場の人間関係のトラブル。
等々をあげています。

まさにその通りだと思うのですが、10年前も同じことがあげられていたのに、今のように教師がダウンしなかったのはなぜでしょうか。

それは、微力ながらも、職場にそれらの問題を乗り越える"力"があったからだと思います。

あえて"微力"と書いたのは、その"力"は、問題を解決するまでにはいたらなかったからです。しかし今のように教師が次々と倒れていくことはなかった。

では、それらの問題を乗り越える"微力な力"とはいったいなんだったのでしょうか。

それは、担任の失敗・問題を許し、励まし、フォローできる仲間関係。そして管理職はそれらの失敗・問題を引き受け、または担任個人の問題とせず学校全体の問題として解決していこうとするスタンスです。

今は違います。個々の担任は自分のことだけで精一杯で、仲間を振り返る余裕がなく、一方で、問題を担任個々の質の問題にして自分に責任がふりかからないようにする管理職があまりにも多いのです。(これは、管理職の問題ではなくて、管理職のみなさんもまた追いつめられているととらえるべきかもしれません)

まずは"微力な力"から取り戻していきたいものです。

「講師の先生」の苦労

地域によって呼び方は異なりますが、いわゆるまだ正式採用ではない「講師の先生」が現場に増えてきています。

それは、県ではなく市の職員として現場に配置されていたり、いわゆる昔からいる産休補助の先生だったり、そういったみなさんです。

本市では、少人数教育推進委員として市職の職員が学校規模に合わせて配置。さらには、特別支援が必要な子どもに個別に支援する職員も配置されています。その多くは、毎年夏にある採用試験の勉強をしながらの勤務になります。

しかしこういった「講師」の先生方の苦労は大変です。担任ではない職員なので、ついつい色々なことをお願いしてしまったり、仕事をお願いする時に、
「彼らを"使って"」
などという言葉の使い方をする人もいたので、"そういう言い方・見方ははやめてください"と私からお願いしたこともあります。

若い人たちが多いので子どもたちからも人気なのですが、ひとたび子どもたちが崩れたり荒れたりすると、子どもたちからも、
「おまえなんか、教師として認めてない」
などという言葉が飛び出してくることもあります。つまり、大人(保護者含む)の見方が知らぬ間に子どもたちに伝わっているということだと思います。

私は、こうして現場で何年か経験を積んだ職員には、採用試験でもっともっと優遇処置をしてもいいと思っています。都道府県によっては、試験教科を減らしたり、一次試験を免除したりするところもあるようですが、こうした動きは、もっともっと広がっていいと思っています。

「六年生を送る会」

児童会行事で「六年生を送る会」という行事が、おそらくどの学校にもあります。

ただし"児童会行事"といっても、そのほとんどが教師主導型になってしまっているのが現実。子どもたちにじっくり内容を考えさせたり、全校のリーダー機関が提案したものをクラスで話し合い、それを持ち寄ってさらに話し合って決定する、といった自治の指導の筋道をたどる時間がないため…、またはそれが後回しにされてしまっている……。そういった意味で、多忙化は子どもたちの自主的・自治的な力を奪うといってよいでしょう。

多忙化は、子どもたちとの自主的・自治的な力を奪うばかりではありません。その質と内容を落としてしまう危険性があります。

つたない実践ですが、私がサイトに記録してきた「六年生を送る会」の実践が下記のサイトに記録されています。

教育実践レポート

10年ほど前の内容(流れ)、そして、くす玉やまわりの装飾などを見てみると、
「昔は、どうしてあんなことができたんだろう?」
と思ってしまうことばかりです。

しかしこれらを、"よき時代の出来事"とすませてはならないのではないでしょうか。自分も、なんとかしなければといつも思ってます。

仕事は分類することから

教師の仕事は、同じ時間帯に複数の仕事がドッと押し寄せてくることに特徴があります。一つの仕事をしていても、もう一つのことが気になってしかたがない、ということが日常的にあるわけです。

私の場合、このような状況に対して、"仕事を分類する"といった作業をします。そしてその中で優先順位を決めて、一つのことに集中します。(のっている時や、重要度が低い時には平行して進めることもあります)

私の場合、大きな分類は次の三つです。優先順位で並べると

1.教室のこと(授業・生活指導含む)
2.研究会のこと(雑誌原稿や講座準備)
3.学校のこと(提出物等々)

そしてさらにそれぞれの中で分類していきます。

分類した仕事項目は、付箋に書いて手帳に貼ります。終えたものからはがしていきます。

若い人たちにはぜひ自分流の仕事術をもってほしいと思っています。

完走したけど悔しい内容

東京ベイ浦安シティマラソン、ハーフの部。完走しました。

タイムは、2時間10分33秒。

一昨年は、2時間を切ったものの、年齢が50代中盤にさしかかったこと、体重が2年前よりも5kg増えてしまったこと、腰や脇腹を痛めて練習不足であることなどを考えると、こんな感じかなあ…、と思ってます。

予想通りのタイムだったのですが、なぜか達成感が薄い。なぜだろう??

それは15kmあたりから、足がまったく動かなくなってしまったことにあります。両足が岩のように重くなって、まったく前に進みません。息は苦しくないのにこうなってしまうことはかなりのストレス。

前半10kmは、1時間を切っていていいペースだっただけに、全力で走れた!という感じがなくて、悔しくてたまりません。

まあ…、この歳になって悔しい気持ちが残っているということは、まだまだ元気な証拠かな?と。来年はさらに練習を工夫して、リベンジしたいと思ってます。

さて、早朝6:00から市内の先生方がたくさん集められて受付の仕事をしていました。私も、申し訳なくて、少しだけお手伝いをしました。本当にご苦労様でした。

教師に対する恨みつらみ&さげすみ

学校の教師に対して、これだけ恨みつらみを持っていて、蔑んで(さげすんで)いる国はないのではないか?と最近特に感じます。

4月はまさにマイナスからのスタートです。自分はまだ何もしていないのに、"信頼関係マイナス"から"ゼロ"に戻すことから始めなければならないということらしいです。

原因はなんだろう?

もちろん私たちにも足りないことがあるのだと思います。しかしそれは、事実に即してきちんと批判を受け止め、反省・修正していけばよい話です。まだ何もしていないのにここまで悪く見られるのは他にも何か原因があるはず。

そんな話題に必ず出てくるのが"日教組"。この組合が教師のイメージを悪くしているという意見。

しかし、組合には日教組の他にも、全教をはじめいろいろな組合があるはず。そして組合に入っていない教師もたくさんいます。ということで、"日教組=日本の教師" というのは、的外れな批判。批判があるのなら日教組の組織を批判すればいいのであって、教師全体を批判するのはおかしいわけです。

このままでは、夢をもって、次世代に教師になっていく若者達に申し訳が立ちません。

明日走ります!

明日はいよいよ浦安シティマラソン。ハーフの部を走ります。

昨年は急な発熱で走れなかったので、2年ぶりのハーフです。

一昨年はなんと2時間を切れたのですが、今年は年齢も体重も上がったので無理でしょう。とにかく楽しく怪我無く完走することが目標。

今年も「祝卒業」のハチマキをして走る予定。昨年度、5年生で担任した子どもたちもいよいよ来月で卒業です。

IMG_3455_2.jpg

"教師がダメだから"を前面に出す改革に疑問

免許更新、評価制度、エトセトラ。

私たち現場の教師を苦しめる最近の教育改革は、すべてその理由が、
「教師がダメだから」
という理由によるものであることに気づきました。

×教師がダメだから、免許更新制を。
×教師がダメだから、評価制度を導入。
×学校選択制にすれば、やる気のない教師も少しはやる気を出さざるをえないだろう。
×その他、教師がダメだから、教師がダメだから……。

すべてこの調子。

本当に日本の教師はそんなにダメなのでしょうか?私はそうは思わないのです。改革するべきは、個々の教師の質の問題ではなくて、実は教育環境であることは、そろそろ国民・市民は気づきはじめているような気がします。

今時の「学級崩壊」

都市部を中心に"学級崩壊"が再び話題になり、広がっているように見えます。

これまでにも、"学級崩壊"が話題になった時代もありましたが、その時の状況とは明らかに違うことがあります。

それは、今の"学級崩壊"は、教師が精神的に病んでしまったり、休職してしまったり、退職してしまったり、時には命まで落としてしまうケースがでているということです。このことは、以前の"学級崩壊問題"の時とは明らかに違います。

この違いはどこからきているのでしょうか?このことを明らかにしていくと、今の教育現場の状況がくっきりと見えてくると思うのです。そしてこれらの現象が、どんな政策がきっかけとして起こり始めたのかもぜひ考えてみてほしいのです。

##「学級崩壊」(教師反抗や立ち歩きや私語による授業不成立)とは、教師と子どもたちとの信頼関係や力関係が崩壊することをさします。子どもが個々に荒れていても教師と子どもたちとの関係が良好であれば「学級崩壊」にはなりません。逆に子どもたちが荒れていなくても、教師との信頼関係や力関係が崩れると「学級崩壊」になることがあります。

ブログ内検索

1日1回ポチッとよろしく(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

にほんブログ村 教育ブログへ 

しおちゃんマン★ブログ

shiochanman_2.png

塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

雑誌『生活指導』(高文研)編集長/全国生活指導研究協議会常任委員/最新著書『教師と子どものための働き方改革』(学事出版)/小学校で37年間学級担任として勤務/現在某私立大学文学部教育学科特任教授/iPhone12 Pro/Surface Laptop3/黒猫大好き/手相は両手とも「ますかけ」。

さらに詳しいProfile……

にほんブログ村
人気ブログランキング

公式サイト 塩崎義明OnlineOffice



塩崎宛メールフォーム
e-mail-send_icon_1150-80.png

全生研
しおちゃんマンツイッター
Facebook 塩崎義明
しおちゃんマン Facebookページ
Instagram YoshiakiShiozaki
しおちゃんマン YouTubeチャンネル

oshio412b9c9f-s_2.jpg

このblogのカテゴリー

月別アーカイブ

05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  04  03  02  01  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09 

ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

【しおちゃんマンの本!】
【最新本】






PVポイントランキングバナー

PVアクセスランキング にほんブログ村

カウンター