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異動の季節

今日は今年度最後の日です。異動する職員とお別れの日でもあります。

今年度は本校から20名以上の職員が転出します。

しかし今年は、例年31日に行ってきた離任式(子どもたちや保護者とのお別れの式)は余震を警戒して中止。その後の職員の送別会も自粛、ということで、だれが転出するのかを保護者のみなさんに伝えるのが大変です。

我々のような "県の職員" は異動する時は新聞に掲載されます。また、講師の職員でも担任をしていれば、保護者のみなさんが連絡網を使ってお知らせできます。

しかし本校の場合、その多くが、担任をしていない少人数教育推進教員や、時間講師の人たちの異動です。そういった人たちの異動はなかなか保護者のみなさんに伝わりません。

例年ですと、離任式の日にお手紙を配布していたのですが、それが今年はできないということですね。

各都道府県によって、教師の異動の知らせ方や時期は違うのですが、共通して大切にしたいことは、教師と保護者のみなさんとのつながり、そして、担任でない職員も子どもたちのために全力でがんばってきた職員であるという見方、ではないでしょうか。

その二つが、最近どこでも軽視されているようで気になっています。(軽視はされていないのでしょうが、忙しさのために後回しにされている。あっ、これが"軽視"ということですね)

携帯電話の購入を考えている

私は、ケータイを持ち始めた時から、ずっとWILLCOMのPHSを使ってきました。理由は、当時PHSによるデーター通信の速度が速くて、ノートパソコンにPHSをつないでネットを利用することが多かったからです。(今はイーモバイルのUSBタイプのデーターカードを使っています)

現在、WILLCOMのスマートフォン「HYBRID W-ZERO3」ほ利用していますが、これがトラブルが多くて、通話は途中で切れるし、メールも同期エラーが多くて、とうとうWILLCOMに別れを告げることにしました。

さて、ドコモの携帯を考えていて、パンフレットをもらってきたのですが、なんとスマートフォン情報ばっかりで、しばらくページをめくっていかないと携帯電話が出てこないような状況。

自分は携帯電話では、通話・メール・Web閲覧・カメラを使います。それだけだったらスマートフォンでなくてもいいのですが、これだけ宣伝されてしまうと、スマートフォンじゃなくてはいけないような気がしてきました。

でも、冷静に考えて、0円携帯を中心に機種をさがすことにしました。iPad2の購入も考えているので……。

実は、ドコモのiモードを使ったことがないし、携帯電話は未知の世界状態。ワクワク感が強いです。

金八先生の魅力とは?

TBSドラマ、金八先生のファイナルが先日放送されました。

30年以上も愛されてきたドラマの秘密は、もちろん金八先生のキャラクターにあるのですが、その他にも、その時代時代の教育問題を、リアルにわかりやすく取り上げてきたことにもあるのだと思っています。

ただ、わかりやすくするために、どうしてもうわべだけをなぞってしまう傾向も確かにありました。しかしフィクショクドラマであそこまで真摯にとりあげてきただけでもすごいと思っています。

そして何よりも子どもたちのトーンがその時代時代によって見事に表現されていて、「そうそう、今の子どもって、こんな感じなんだよな」と思う場面もたくさんありました。

一方で、主に現場の教師からこのドラマや金八先生のキャラクターについてたくさんの批判があったことも事実です。

特に中学校の先生たちは「見る気がしない」と言っていた人が多かったです。

見る気がしない、という理由は、「リアルすぎて胸がしめつけられる感じがする」といった、ある意味ドラマのリアルさを評価している意見と、逆に「あんなにうまくいくはずがない」「所詮ドラマ」といった意見も多かったです。

さらには、金八先生のキャラクターについても、「説教くさい」「おしつけがましい」といった意見もありました。

教育実践的には、「語るだけで子どもが変わるのなら苦労はしない」といった、「語り主義実践」への批判が多かったように思います。

確かに、語るだけで子どもは変わらないと思うのですが、金八先生の"語り"には、どうしてあんなに説得力と感動があるのでしょうか?三つ理由を考えてみました。

一つは、自分の利益や保守のためでなく、常に子どもの側にたち、子どもたちのために語っていること。

二つ目は、子どもたち一人ひとりを、仲間との関係の中で見ているということ。まわりが変わらない限りその子は変わらないし、その子が変わることでまわりも変わるという見方です。

三つ目は、洗練された言葉の力だと思います。金八先生は、その場面を深くえぐり、ドキッとさせるような言葉を知っていて、それを効果的に使うことができる教師なのだと思います。

実は、私たちの先輩には、金八先生のような先生がたくさんいたように思います。それぞれが個性を持ち、子どもたちのために、"かっこ悪く"、奮闘していました。今、そんな先生が少なくなってしまったことが残念でなりません。

校長先生になること

一昨日の新聞に千葉県の教職員の人事異動が一斉に報道されました。

その最初のページに、高校時代のテニス部の先輩が、浦安の高校の校長先生になっていたので、うれしくなりました。写真付き記事だったので、すぐにわかりました。

また、市内には、私より下の世代の何人かの人が、教頭になっていました。この人たちも数年後には校長です。

私は、管理職になる道は選びませんでしたが、校長になるって…、どういう感じなのかなぁ?と、ふと興味がわきました。管理職になる生き方は、若い時は強く批判・否定していましたが、最近は、きっとそれなりのやりがいや夢があるのだと思うようになりました。

日本の公教育は大変なことになっています。校長になった人は、ぜひその立て直しの先頭にたってがんばってほしいです。

ちなみに、わたしはヒラ教員として、まだ本校に残ることになりました。保護者のみなさん申し訳ありません。もう少しおつきあい下さい。

うらやすの子どもの携帯電話所持率

うらやすの子ども2010-小・中学生の生活実態調査(小1~中3アンケート4150名)によると、携帯電話(PHS含む)の所持率は、

小1~3 16.7%(男子15.8%、女子17.5%)
小4~6 35.1%(男子28.6%、女子41.4%)
中学生 72.4%(男子63.4%、女子81.6%)

これは全国的な統計に比べて高い割合で、特に女子中学生の81.6%という数字には注目しなければなりません。

通話やメールの相手は、小学生が「お母さん」がほとんどであるのに対して、中学生は「同じ学校の友達」が、90%を超えています。

きっかけや持つ(持たせる)理由は、小学生は塾や習い事がきっかけ、そして安全のため。中学生は、「持っていないと友だち関係がうまくいかない」ということらしいです。(これは統計にはありません)

携帯電話が中学生(から)の子どもたちの生活に定着しつつあります。にもかかわらず、大人や学校はいまだに[持たせるべきか・持たせないべきか]をやっていて、子どもたちのコミュニケーション世界がどのように変化・創造されているのかに言及できていないことについて反省しなければならないようです。

クラス替えは1年ごとor2年ごと?

全国的に一年間でクラス替えをする学校が増えてきています。学級内で起こってしまう様々な問題を、1年間で人間関係を変えることでリセットするためのようです。

そんな中、本校はまだ、1,2年、3,4年、5,6年と同じ学級で持ち上がります。(担任は変わる場合があります)

実は私は、多くの仲間が、今まで通りの(本校のような)持ち上がりシステムを主張している中、逆に、"1年間で子どもたちも教師も変わった方が良い!"、という意見を、もう何年も前から主張していてきました。それでかなり批判されてきたのです。(苦笑)

※正確には、"その年度ごと、その学年ごとに、どうするかを決めるべき"、というのが私の意見。つまり、"1年ごとにクラス替えをすることを基本としつつ、持ち上がりもありえる"、というスタンス。それに対しても、"現実的ではない!"、と批判されています。

理由は、地域のコミュニケーションが薄れている中、出会いはできるだけたくさんあった方が良い、ということ。これは子ども同士はもちろん、担任についても同じです。いろいろな「先生」に出会った方が良いという意見です。

"1年間では子どもたちは(学級は)変わらない、育たない"、という意見がありますが、1年間で解決できない…、そして育てられないのなら、2年間でも無理だと思っています。それだけ1年間の指導に集中するべきだと思っているわけです。

また、最近の子どもたちの発達傾向として、3年生と4年生では子どもがガラッと変わるということ。4,5年ではあまり変わらないが、6年になるとまたガラッと変わるということ。

ゆえに、どうしても持ち上がりをしたいのであれば、しおちゃんマン的には、1年、2,3年、4,5年、6年と、考えた方が良いと思っています。形式的に、1,2年、3,4年、5,6年と2年間ずつ持ち上がることにも疑問があります。

もっと柔軟に考えていかないと、子どもたちの実態にシステムが追いついていかないのではないかと思っています。古いシステムに教育実践を当てはめるべきではないのではないでしょうか。

「卒業証書授与式」という名称

卒業式のことを卒業証書授与式、というのが正式名称だと思っている人が多いようですが、文科省によると、実は「卒業式」という名称が正式らしい、ということを知って、へ~、と思いました。(指導要領にも「卒業式」になっている)

だとしたら、最近「卒業証書授与式」と言う、子どもたちをいかにも上から見下ろすような言い方をしているのはどうしてなのでしょうか?

調べてみると、そもそもは「卒業証書授与式」という名称が先、ということがわかりました。

明治時代は、年齢に関係なく、試験を受けて、その試験に合格した子が卒業・進級するシステムでした。

つまり、卒業・進級したことの証明として証書の授与を行っていて、それが「卒業証書授与式」ということだったらしいのです。

しかし戦後は、卒業式という正式名称になっているのですが、最近では、進級に関係ないのに「卒業証書授与式」という言い方をする現場が増えてきています。

こんなところにも、学校の権威主義、というか、権威回復しようとして空振りしている……、というか、そんな部分を見たような気がしました。

上っ面の嘘っぱちやごまかしが吹っ飛んでしまったこと

大船渡市の中学校の卒業式。避難所となっている体育館での『ふるさと』合唱。所作にこだわり何度も練習させられる卒業式よりも、ずっとずっと人々の心をゆさぶりました。

9日ぶりに救出された阿部寿美さんと孫の任さん。任さんが発見された時の第一声は自分のことではなく、「中におばあちゃんがいる」でした。祖母をいたわる気持ち、家族を思う気持ちは、特設道徳の「心のノート」なんかで身につくものではなかったのです。

一方、一部の政治家で、今回の震災についてポロポロと失言騒動が出てきています。

今回の震災で、今までのごまかしや嘘っぱちがふっとんでしまった感じがします。そして"本当に大切にしなければならないこと"、"実は、持っていた力"、が見えてきたような気がします。

今までそういったことが見えていなかったこと……、見ようとしていなかったこと……、意図的に隠されていたこと……、に問題があったのだと気づきました。

"繰り返し"が不快感や反発を生むこと

ACの広告の問題が話題になりました。かなりの批判があったようで、AC側がお詫びのメッセージを出したこともありました。

多少、わざとらしさや善意の押しつけみたいなところもありますが、それは映像で上手に演出しており、広告の中身としてはけっして悪い内容ではないと思います。

しかしあれだけ繰り返されると、イラッとしたり、不快感を感じたりしてしまいます。つまりあの広告は、内容よりも、繰り返されることに問題があるようです。

これは教育現場においても大きな教訓です。

繰り返し学習がメインとされている学習活動。毎日毎日同じことをウルサク言われる生徒指導。

そういった現在の日本の教育手法は早急に見直していく必要があるようです。

卒業式の準備だ

さあ、今日は明日に予定されている卒業式の準備です。

在校生が登校しないので、教師だけで準備します。

式そのものは、安全のために簡素化しますが、私たちの気持ちは変わりません。特に、卒業生は5年生の時に担任させてもらったので、なおさらです。こんな状況になってしまいましたが、思い出に残る式にしてあげたいと思っています。

卒業生が大人になった時に、この大きな震災の年に卒業したことが語られるのだと思います。そしてその語り合いが、どうか自慢話として語られることを願っています。

そう、あの困難な状況を日本人みんなの力で乗り越えようとした年に小学校を卒業したんだと、胸がはれるような日本をつくっていってほしいです。

街が暗い

駅が暗い。

デパートの中が暗い。

道も暗くて、街全体が暗い。

もちろん節電のためです。

でも、私が小さかった頃の街って、こんな感じだったような気がします。

だから、なんとなく懐かしい感じがします。

この明るさでやっていけるのだったらずっとこれでいけばいいと思います。

逆に、暗い道などで、それが危険であるならば、このままにしておくわけにはいきません。

だから、元に戻す時に、本当にそれだけの明るさが必要なのかを、それぞれもう一度話し合ってみればいいのではないかと思いました。

授業にできるのか?

原発事故の件。

大丈夫、大丈夫という情報が繰り返し流されます。

一方で、"実は大丈夫ではない……"、という情報が、たまにネット上で、少数意見として流されます。表に出てこない情報がゆえに、そちらの方がリアルに聞こえます。しかし、"だから逃げろ"、と言われても、逃げる場所も手段もない人たちがほとんどです。政府もその保障や準備はまったく考えていません。

だとしたら"現場にまかせるしかない"、"がんばってほしい"、と願うことしかわたしたちにはできないのです。

今年度は子どもたちに授業をする日はなくなってしまいました。

しかし、もし授業をする機会があったら、そして4月からの授業で、子どもたちに何をどのように教えれば良いのでしょうか?

○情報操作に左右されない真実を見る目?

だから、これだけではダメでしょう。

大きな大きな宿題が出ているような気がします。

地震以来子どもたちに会っていない

2月11日の地震以来、子どもたちに会っていません。翌週から今日まで臨時休校になっていたからです。

そしてこの臨時休校は、24日まで延長されることが決まりました。つまり、今年度子どもたちが学校に来るのは、25日の修了式だけになってしまいました。

修了式一日だけで、荷物を持って帰るのは大変です。特に低学年の子は大変。どうしたらいいのか、頭を抱えているところです。

本校では、地震翌週からでもすぐに授業を再開することは可能でした。しかし、浦安市の埋め立て地方面の学校では液状化による被害がひどく、校庭が歪んでしまったり、体育館が壊れたり…、何よりも水が出ないのでトイレが使えないことが学校が再開できない大きな理由です。

さらには、同じく埋め立て地にある給食センターも大きな被害を受けました。

ということで、"再開できる学校だけ再開しなさい"、というわけには、本市の場合いかないらしくて、市内一斉に臨時休校になっています。

卒業式は23日に予定されていましたが、教育委員会&校長会で、市内一斉中止も念頭に入れてどうするかを協議していましたが、簡素化して行うことになりました。

簡素化の中身は、在校生は出席しないことが一番大きなこと。したがって、送る言葉や合唱がなくなり、かなりの時間短縮になります。時間短縮により、トイレが使えないことや、余震に出会う可能性を低くするということです。

学校によっては、写真も撮らないところもあるようです。

理由は、埋め立て地方面の学校では、疎開してしまった子どもたちが多いらしいのです。水が出ないのは学校だけでなく、それぞれの家庭でも不便していることと、原発事故の影響です。ということで、卒業生がそろわないので、写真を撮らない、ということらしいです。

この地震で、私たちの生活がすっかり変わってしまったような気がします。

もうすぐ桜の花が咲きます。今出来ることで一致した仲間と手を結び、みんなで"春"を呼び込みたいと思っています。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

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ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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