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生活指導8月号

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目次
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特集 今月のメッセージ
子どもの願いをまんなかにして/小室 友紀子

特集 子どものために相互支援のネットワークをつくる
特集のことば
子どものために相互支援のネットワークをつくる―特集のことば/高橋 英児
子どものために相互支援のネットワークをつくる
<実践記録1>排除のネットを切り、支援のネットを立ち上げる―子どもと共同して地域に取り組む―/新谷 開
<実践記録2>共に歩き続ける~ユキコの自立を願って/芳野 かおり
<実践記録3>つながりあい、つなぎ直しあう/藤野 香
<分析論文>ネットワークの要は明確な支援目標とキーパーソン/野呂 郁哉
<関連論文>「お互いにつながって生きる」ための支援ネットワーク/春日井 敏之

第2特集 全生研第53回全国大会基調提案
基調の課題/山本 敏郎
第53回全国大会基調提案 子どもの存在要求、発達要求に応える生活指導運動を展開しよう/基調提案小委員会
関連論文 障害を有する子どもに学ぶ「存在要求」と発達要求/小室 友紀子
関連報告 子どもたちの声に応える教育と学校を/篠崎 純子

私の授業づくり (第29回)
小学校〈国語科〉/表層の読みから深層の読みへ―技法(作者の工夫)からテーマに迫る―/香山 秀子
中学校〈数学科〉/そんなん無理やで―それが「無理数」、それでも、解る楽しさを/土居原 和子

実践の広場
子どもの生活・文化・居場所
探究学習で伝統工芸に出会う/山本 功
子どもをつなぐ活動・行事
試して仕上げて まつりだ わっしょい/小川 朱実
いきいき部活・クラブ
生徒の自主的な活動によるコンサート活動/瀬下 智博
手をつなぐ―教師・親・地域の人々
聞き合い、語り合い、支え合う場を/稲垣 勝義
私と集団づくりとの出会い
私を鍛えてくれた人との出会い/高尾 和伸

案内板 集会・学習会のお知らせ
教育情報
小学校教科書はどう変わったか/丹下 加代子
若者の広場 (第4回)
私の実践紹介します/小栗 笑~キラキラ ぺこちゃん(小3実践)~
北から南から
サークルだより
/奈良 重喜~〈大分〉“少し暗い世の中”の方がよいのでは 大分支部・中津サークル~
読書案内
『元刑務官が明かす死刑のすべて』/柏木 修
震災特別報告/震災派遣・ボランティアから見た被災現地
[震災派遣]過酷な現状から明日の希望へ―避難所の現場から/おがわ せせらぎ
[ボランティア]少しだけ見えてきたもの、それは…/渡辺 雅之
読者の声
6月号を読んで
全生研第53回全国大会案内
編集室だより/全生研編集部
編集後記/高橋 英児

学期末の憂鬱(首&ねね)

終業式は水曜日。連休明けの、火、水で1学期が終了です。

今年の5年生の子どもたちも、とてもすてきな楽しい子どもたちです。一緒にいるとあっという間に時間がすぎてしまう、といった子どもたちです。この4ヶ月間がとても短く感じられました。

さて、ここにきて憂鬱な出来事が。

一つは、首の痛さがおさまらないということ。

肩甲骨まわりをストレッチすると多少痛みがやわらぐのですが、朝起きた時は、体が起こせないほどの痛みです。筋肉周りがかたくなってしまっているので、夏休みになったら少しずつ体を動かしつつケアしないと……。

二つ目は、ねねのてんかん。

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もともとてんかんもちなのですが、数日前に1日に3,4回てんかんをおこしてしまいました。苦しそうに暴れ回ってしまうのをただみているだけしかないというつらさ。

薬も嫌がって絶対に飲まないし……。

すっきりした気持ちで、夏休みを迎えたいです。

大和撫子

女子サッカー「なでしこジャパン」が快進撃を続けています。

「なでしこ」というのは、「大和撫子」からきている名称だと思いますが、この「大和撫子」というのはいったいどういう意味があるのでしょうか。

一つは、草花の名前であり、一般的には「カワラナデシコ」のことを「大和撫子」と呼ぶようです。花は楚々とした淡紅色で、派手さがなく日本人に好まれます。

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二つ目は、この花になぞらえて、日本の女性としての理想像を表現した言葉として、「大和撫子」という言葉が使われるということ。

意味は、常に控えめで、目立たず、自己主張をせず、しかしある程度の教養はあり、いざという時に男を助けたり家族を守ったりできるしっかりした、着物の似合う女性……。

これは、完全に男性がつくった言葉ですね(苦笑)。

さて、「なでしこジャパン」のプレーを見ていると、個々の連携がとれていて、パスが美しくつながる、といったイメージ。個の力でガンガン押してくる欧米のチームとは対照的です。そういう意味で、自己主張はしない、という「大和撫子」なのかもしれません。

しかし、本当に自己主張していないチームかというと、そうではないようです。

それぞれがそれぞれの役割を果たしつつ自己主張し、しかもチームとしての連携が取れているという感じ。個が集団を高め、集団が個を輝かしている。そんなチームのような気がしました。

さあ、決勝戦も朝は早いようですが、応援したいと思います。

こんなんでいいのか?小学校の英語教育

文科省は、戦後教育にまた一つ、汚点を残そうとしています。小学校の英語教育です。

小学生に英語を指導することについて賛否がわかれる中、議論が十分でないまま強引に導入してしまいました。しかも、その指導は担任まかせ。いきなり英語の指導をしろと言われた担任は目がテンです。

「英語ノート」やCDを使えばなんとかなるだろうといった信じられないいい加減さ。ALT(外国人の英語指導助手)はあくまでも指導を支援する立場なので責任は持てないということらしい。しかもそのALTは、6月から2月までしか来てくれない。文科省が本気でなかったことがバレバレです。その場の責任逃れと、言い訳のための導入であったと言われてもしかたがない。

今後どうなっていくのかは、戦後の流れを見れば明らかです。つまり、こういったうまくいかなかった取り組みは、すべて教師の「質」の問題に置き換えられてしまうということです。そして教師不信、学校不信が国民の中に広がっていく。どれだけ同じことを繰り返せば気が済むのでしょうか。

もしこのまま続けいくのならば、早急に小学生に英語指導ができる職員を各学校に正式採用するための法整備をすること。各学校は、音楽や図工といった専門教科のように、英語の指導を選科の授業として取り組むこと。それしかないのでは?

もっとも、小学生に英語を指導することについては、個人的には納得していないのも事実ですが。

首が回らない

首が回らない…、と言っても、お金のことではありません。

実際に首の筋を違えて、首が回らなくなっています。痛くてしょうがない。

寝違えたようにな、下を向いたときグキッってやったような、原因がはっきりしません。とにかくこの歳になると、あっちが痛い、こっちが痛いと、まわりからしてみたらウルサクてしかたがないと思います。

どうにも我慢できなくて、保健室で湿布を貼ろうと思って行ってみると、養護教諭が会議で不在。

保健委員会の子に、湿布薬をくださいというと、痛めた箇所や原因、起こしてしまった場所とかを聞いてくるので、早くしてくれと言うと、記録しなければならないからと、なかなかくれませんでした。その歳からお役所仕事を覚えてどうするんだ?と思いつつ、きちんと報告して湿布を一枚だけもらいました。

さて、湿布を貼ろうと思ったら、テープというか、貼るものがありません。ずっと手で押さえているわけにも行かず、再び保健室に戻って、テープをもらいました。今度はすぐにくれました。

しかし自分だけでは患部に上手に貼れないので、掃除をしていた自分のクラスの子に、ちょっと貼ってくれと言うと、他の掃除場所から何人も集まってきて、人だかりになってしまいました。

人だかりになると、なんだなんだ?とさらに人が増え、たかが湿布を貼る作業が大騒ぎになってしまいました。

こんなに大騒ぎになって湿布したのですが、3日たってもなかなかなおりません。

困ったものです。

全生研全国大会・浦安大会締め切り迫る

千葉県浦安市の明海大学で開かれる全生研全国大会の申込締切(7月15日)が迫ってきました。申し込みはお済みでしょうか。

参加要項、及び、申し込み用紙は、こちらのページからダウンロードしてください。

大会参加について、以下の三つの視点から意義を呼びかけたいと思います。

一つは、学校づくりの新たな展開が強く求められているということです。

教師の精神的疾患が急増し、休職者、退職者も増えています。私たちを苦しめているものの正体はいったいなんなのでしょうか?その正体を明らかにしつつ、私たちが子ども側に立つ教師としてどう生きていけばよいのかが見えてくる大会になるだろう、ということです。

二つ目は、「指導」とはなんだったのかをこの大会で明らかにしたいということです。

全生研全国委員会でも話題になった「強い指導と弱い指導」。個人的には、指導については、強い・弱いではなくて、管理主義との関係や指導と管理について、今こそ見直す必要があるような気がしています。

三つ目は、震災後の若者や市民のネットワーク的なボランティア活動、真実を求める運動をどうとらえるのか、ということについて語り合える大会であるということです。

社会を変革していく集団的な力やうねりは、どのようにつくりだされ、生まれていくののかということ…、そしてそのことと集団づくりとの関係についてもこの大会で明らかになるのではないでしょうか。

多くの方の参加をお待ちしています。

学級崩壊を考え直す

「学級崩壊」って、いったい誰が言い出したのでしょうね。

文科省が定義した言葉であるという説、どこかの大学の先生がはじめに使い始めたという説、いろいろあるようです。

いずれにしても、いったい何が「崩壊」しているのかあいまいなまま、言葉だけが一人歩きし、最近では、教師の質や力量をはかることに利用されたりして、多くの教師を追い込む言葉になっています。

私も今まで、「学級崩壊」と「子どもたちの荒れ」とは別々に考えなければならないとし、子どもが荒れていなくても学級崩壊状態である場合もあるし、子どもが荒れていても学級崩壊とは言えない学級もある…、と言い続けてきました。つまり、学級崩壊とは子どもや教師それぞれの問題ではなくて、両者の関係性の崩壊であると主張してきたのです。

しかし最近、もう少し考え方を進めてみました。

今の学校体制の中では、両者の関係性が崩壊しているところから学級をスタートしなければならないことはあたりまえであること。つまり、学級崩壊という前に、すでに、子どもたちと教師の関係性は崩壊しているということです。

教師は、教師であるということだけで不信感を持たれていますから、担任の1学期の仕事は、教師のマイナスの信頼感をゼロに戻すことだと考えています。つまり、2学期からが本格的なスタートというイメージを私自身ここ数年もっています。

一方、学級定数は、ゆるやかになったとはいえ、いまだに40人学級です。ちなみに私の学年でも、4クラスとも37名を超えています。私に言わせれば、子どもたちが40人近くも学級に集まっていることじたいが、もう学級崩壊のスタートだと言える、ということです。

今の高学年の子どもが40人ちかく集まっているというイメージ (今の子どもたちがどんなことを言って、どんな行動をとるのか) を一般の方はもてるのでしょうか?おそらく想像がつかないのではないかと思うわけです。

私たちは、こういうものなんだと思っていますが、おそらく一般の方が一緒にいたら、子どもたちの恐ろしさとストレスで3日はもたないのではないでしょうか。それほど、ここ数年の日本の子どもたちは大変です。

そんな子どもたち40人が朝8:20から、夕方16:00まで同じ教室にいる。担任はほぼその子たちと毎日一緒に生活し、指導する。小学校であれば、担任がずっと一緒にいるわけです。こういったことは、おそらく世界でもあまり例がないスタイルではないでしょうか。

私から言わせれば、そういった中で、今の子どもたち一人ひとりと担任が信頼関係を結ぶということは、奇蹟に近いのではないかと思うのです。だから教師は、もっともっと自分に自信と誇りを持っていいと思うのです。

そして失敗しても、たとえ、学級崩壊と言われている状態になっても…、自分や子どもたち、そして保護者を責める必要はないと思っているわけです。三者が一緒になって知恵を出し合えばいいのであって、その過程こそが教育活動であると思っています。

「学級崩壊」という言葉におびえて、子ども集団を押さえ込み、押さえ込めないと切り捨てる…、そしてそれができない教師はダメ教師、といった風潮が広がりすぎではないでしょうか。

もう一度大きく深呼吸して、今の現場に何が必要なのか、それぞれの立場で考え直した方がいいと思っています。

体調はいい?

土曜日は、糖尿病の定期検診でした。

おそらく遺伝で、若い時から血糖値が高かったのですが、その結果、心筋梗塞を起こしてしまったり、目の血管がつまって、いろいろな目の疾病をおこしてしまったりしています。

今回は、体重も増えたと思っていたので(最近ははかっていない)、数値がとても心配でした。

毎回体重をはかり、尿をとり、血液をたくさんとって検査します。

「体重が3kgも違うのですが何かありましたか?」
と看護士に聞かれたので、てっきり増えているのだと思い、
「最近、飲み過ぎて…」
と言ったら、
「いえ、減っています」
と言われました。

3kgも減ったというのは、きっと何かの間違いだと思います。前回、記録を間違えたのではないか?と言ってみました。それでなければ、前回よっぽどおデブだったことになります。

先生の診察でも、ヘモグロビンA1cも下がり(それでも基準値オーバー)、アクダマ、ゼンダマコレステロール、両方とも異常なし(基準値以内)とのこと。

あれ?どうしちゃったんだろう??

ヘモグロビンA1cが下がったのは、前回強い薬に変えたためだと思います。

でも、その他の数値が正常値になったのはどうして???

この病気、奥が深いです。

新採職員の体調を

全国の小中学校の管理職の先生方にお願いです。

新採の職員は、体調を崩していないでしょうか?

どうか、この時期、新採の職員の体調に気を配ってください。

昨年の夏、身近で、新採の職員が亡くなりました。もう二度とあのような悲しいことがあってはなりません。

新採研の授業、学校外への研修、土日の部活動やPTA行事、そして学期末。かれらは毎日、早朝から夜中まで学校で仕事をしています。

そして、こんなに異常な忙しさの中にあっても、彼らは自分からは「無理です」とは言えないのです。どうか、無理をさせず、体調を崩していたなら、強制的にでも休ませて、病院に行くように言ってあげてください。

特に、一人暮らしをしている職員には、気を配ってください。この忙しさの中、十分に栄養がとれていない可能性があります。また、倒れてしまっても、一人暮らしでは、誰にも気づかれない危険性もあります。

この夏休み、新採の研修はさらに激しさを増すようです。しかし、ひと言、言わせてもらえば、そういった「厳しい」研修が、かれらの力になっているとは思えないのです。彼らの命を縮めてまでやらなければならないような研修であるのか?文科省&教育委員会には再考をお願いします。

夏休みをきっかけに読書を!

日刊通信NO.61(5年生)で、夏休みをきっかけに読書する習慣を身につけてほしいことを呼びかけてみました。以下、引用します。

ここから-----↓
保護者会の時にもお話しましたが、もう卒業アルバムの業者を決める時期になりました。(後日結果をあらためてご報告いたします)

小さい子どもだと思っていたのに、もう小学校を卒業する時期に入ろうとしているということです。発達段階的には、思春期の入口ということで、「前思春期」という言い方をする時期だといえます。(もちろん個人差があります)

この時期にさしかかると、今までの自分を否定して、新しい自分をつくろうとします。今までの自分をつくってきた親に対して反抗的だったり、社会に対して批判的だったりするのはそのためです。そしてこういった時期に大切なのは、いろいろな友達とおしゃべりすること…、そして、本をたくさん読むことです。

今年から朝読書が毎日になりました。子どもたちが読んでいる本をながめていると、もう少し、長い物語を読んでほしいなと思うことがあります。しかし、まずは本に親しむということが大切だと思うので、あまりウルサク言わないようにしています。

この夏休み、学校では5冊借りられることになっています。そしてその他にも、ぜひ長い物語を自分で購入、または図書館でかりて読んでほしいと思っています。

この時期から本を読み始めないで、いつから読み始めるのか?ということです。

教室でも指導いたしますが、ご家庭でも、夏休みの読書について、ぜひ子どもと話し合ってみてください。
ここまで-----↑

心配な土曜日の検診

糖尿病、血糖値の定期検診が今度の土曜日にあるけど、今回は最悪な気がする。

ここ1,2ヶ月、体重が急激に増えた。と言っても、何キロあるのか確認したくなくて、最近体重計にのっていない。体形を見て、そう感じているだけ。体重が増えると当然血糖値もあがっているだろう。

自分の場合、血糖値が上がると、血管梗塞が発症してしまう危険性があることがやっかい。

心筋梗塞や、目の血管の梗塞は経験済み。

再び心筋梗塞になったり、脳梗塞になったりしたら、命にかかわる。

さて、体重が増えた理由は、ストレスによって、食べる量やお酒の量が増えたため。そして体重が増えると、ジムにも行きたくなくなるし、行っても体が重くてきつい。無理して続けるとあちこちを痛めるといった最悪のシナリオ。

この悪循環をどこかできらなければならないのだが、どうしたらよいのか。

7月からダイエット宣言したけど、思うようにいかない。

とりあえず、夏休み待ちだろうか。

独り言ではなく

新採用の先生の授業を見る機会がありました。

といっても、こちらも授業があるので、15分くらいしか見られなかったのですが。

その先生の授業で感じたのは、「独り言が多い」ということでした。

もちろん、ブツブツと独り言を言っているわけではなくて、子どもに対して指示をしたり、指導をしたりする…、いわゆる指導言なのですが、その一つひとつが、いったい誰に言っているのかが明確でないので、結果的に独り言になってしまっているということです。

私の場合、
・全員に伝える。
★全員に伝えているようで実は、特定の子に伝えている。
・個別に伝える。
★個別に伝えているようで、実は全員に伝えている。

★印が、私がよく使う方法なのですが、その他にも、たとえば、教室で掃除をしている子たちに、「廊下掃除は本当にがんばって掃除をしているよ。だからあなたたちもがんばりなさい」などという時があるのですが、それは実は、教室掃除の子に言っているのではなくて、わざと廊下掃除に聞こえるように言っているわけです。廊下掃除の子は、自分たちが誉められていることを知って、さらにがんばってくれます。

授業における指導言についても、同様な技術が必要だと考えています。

とりあえず、あまり深く。複雑に考えすぎずに、とりあえず、今の言葉は誰に向かって発しているのかを明確にすることから始めればいいと思っています。

松本復興相発言から見えてくるもの

松本復興相の報道を観ていて、「ああ、こういう人、いるいる」と思いました。いわゆる家父長的な上下関係で人間関係をつくっていこうとする人です。

いや、「男社会」と言われている日本の社会の中では、むしろこういった人の方が多いのではないでしょうか?実は私の中にもこういった面があります。これは、保守であろうが革新であろうが変わらないようです。

※私は、公的な仕事の中では、こういった関係は極力出さないように意識はしています。

さて、日本人の場合、自分が上の立場でも、逆に下の立場でも、こういった関係に身をおくことに、逆に安心感・安定感を求めてしまうことがあることも事実です。「親分肌」といった言葉がいい意味で使われることが多いのはそういったことがあるからかもしれません。

しかし、復興大臣といった立場で、さらには被災地の知事との対談の中に、ああいった家父長的な関係を持ち込むことは言語道断。みなさんが批判されているとおりだと思います。見事に、水戸黄門の悪役の位置にぴったりとはまったしまったような感じさえします。

彼の人間性と、センスのなさについてはみなさんが感じておられるとおりですが、私の場合、もう一つナルホドと思ったことがあります。これは、あたりまえといえば、あたりまえなのですが……。

それは、国と国と被災地との関係についてです。いわゆるどういった力関係で復興を進めていこうとしているのかのスタンス・システムと言ってもいいかもしれません。

表向き、口では、パートナー関係だとか、絆だとかきれいごとを言っていますが、実は、「お金を出す・出さない」「作業を認める・認めない」「責任をとる・とらない」の関係でしかないということです。だからああいった人が大臣になる。

いや、そういったことは大切なことであることは確かです。しかしそのことが優先しすぎてしまって、いわゆる「心」がなくなっている。「心」がなくなると、活動に余裕と幅がなくなり、豊かなアイデアや工夫が生まれてこないので、活動そのものが硬直し、結果的に復興が遅れるということになるのではないかということです。

政府は今回のことを、どんな教訓としていくのでしょうか?そしてその教訓は次ぎに生かされていくのでしょうか?そろそろ国民も我慢の限界にきているような気がします。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

雑誌『生活指導』(高文研)編集長/全国生活指導研究協議会常任委員/最新著書『教師と子どものための働き方改革』(学事出版)/小学校で37年間学級担任として勤務/現在某私立大学文学部教育学科特任教授/iPhone12 Pro/Surface Laptop3/黒猫大好き/手相は両手とも「ますかけ」。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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