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現場の声や実践を一つの力にするために

現場がこんなに苦しみ、声を出しているのに

子どもたちの側に立った実践を

血のにじむような努力で生み出しているのに

それが、日本の多くの教師を励まし、

日本の教育を子どもたちのためのものにシフトするための大きな力になっていきません。

残り少ない教師人生を

日本の教師たちの声や、私たちが生み出している教育実践を

一つにすることに力を注ぎたいと思っています。

そして…、その具体的な動きを始めました。

原発にかかわる授業実践本を

土曜日に、御茶ノ水の聖橋側の喫茶店で本の企画会議をしてきました。

原発にかかわる授業実践を集めて本にする企画です。

自分は、企画側ですが、授業にもチャレンジして紹介する予定。

今年中には刊行したいので、その時はよろしくお願いします。

今回の事件をどのようにとらえ、子どもたちには何を考えてもらうのかは重要。

はい…、教え込むのではなく、考えてもらうというスタンス。

そのためには、事実をしっかりと伝えること。

そして、子どもたち同士が問い合える関係をつくること。

授業は2学期の予定。

それまでに、資料を集め、整理し、構想していきたいと考えています。

放射線と放射能を1から

原発の問題を考えたくて、場合によっては授業したくて、放射線と放射能について1から学びなおしています。

すると、何もわかっていなかった自分に気がついて焦っています。

報道による一方的な情報に振り回されていたり、間違えた情報を信じていたり……。

今こほど大人の学びが必要な時代はありません。

補助倒立の練習

運動会は、5月19日(土)です。

6年生の見せ場は組体操。

その組体操で、全員、補助倒立をするので、その練習を始めました。

【キーポイント】足ではなくて腰を上げることが大切。
 
(1) 初めから床に手をついて構える。

(2) 足の位置をできるだけ前に持ってきて、肩が前に出るようにする。

(3) 補助する先生は、片方の足で子どもの肩を押さえて固定して安心させる。

(4) 「前の足をしっかり伸ばして蹴り、腰を高く上げてごらん」といいながら、足を持つのではなく、腰を手のひらで左右からはさみながら、持ち上げる。

(5) 肩の上に子どもの腰がくるように固定させる。

出会いの日の演出

持ち上がりというのは、逆に難しい。

新たな気持ちでがんばろうという気持ちに、教師も子どもたちもなかなかなれないものです。

そこで、出会いの日が大切だと考えました。

若い時は、くす玉などを作って、ハデに出会いの演出をしたものですが、最近はそういったことをする時間もないほど、学校現場は多忙化しています。本来使わなければならない時間が一体何に使われているのか、本当に不思議です。

さて今年度は、長い長い横幕を作ってみることにしました。棒でくるくる巻いてあって、どんどん長くなっていきます。子どもたちには、棒をくるくるまきほどきながらメッセージを読み上げていきます。

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横幕には次のように書きました。

「6年1組スタート!悩んで、泣いて、そして笑って。そんな仲間にしおちゃんマンも入れてください。ヨロシク」

笑顔はつくるものではない

\(起)/
6年生は入学式で在校生代表として出席します。

その6年生に向けて、きちんとした態度で、しかも笑顔で新入生をむかえなさい…、などと、とても難しい要求を出してしまうのが学校の教師です。

子どもたちは大人と違って、きちんとすることと、笑顔でむかえることとは、矛盾してしまうのです。そのことをついつい私たち教師は忘れてしまう。

\(承)/
そこでいろいろ考えて、子どもたちには「笑顔はつくるものではない」ことと、「笑顔は自然に生まれるもの」、さらには、笑顔でいるのは自分では気がつかないことが多いことを話しました。

そして、自然な笑顔になれるためには、どんな気持ちでむかえればいいのかを考えることが大切なのではないかと。かなり苦しい指導ですが……。

そう言われてみれば、「つくり笑顔」というのは、あまり良い意味では使われませんね。

\(転)/
ちなみに、管理主義教育は「~しているふり」を教えてしまう危険性があります。

※君が代を歌うふり…、これもその一つ、

\(結)/
納得した行動としてふるまうためには、十分な論議が必要です。社会や学校にそのような時間と場が保障されていないことがまずは問題です。多忙化、効率化、合理化は管理や独裁を生むということです。

6年生になりました

今年度は、6年生になりました。

5年生の時の子どもたちをそのまま担任します。学年は4クラス。4クラスの担任とも、みな同じメンバーです。

始業式の担任発表のとき、4クラスの子どもたちともみな歓声をあげて喜んでくれたことが何よりもうれしかったです。

学年主任は私ですが、私の学年経営方針は、それぞれの担任の持ち味を存分に出すことです。同じ歩調、同じ方向を向くことがチームワークだと思わないのです。それぞれの個性が発揮できる学年経営を目指してきたのですが、始業式の子どもたちの様子を見ていて、この方針は間違いではなかったことを確信しました。

協働・協同することと、個性を発揮することとは矛盾しないのです。

最近の現場の声を聞いていると、個性を出すことは「自分勝手」「協調性がない」などととらえるふしがありますが、コトはそんなに単純な図式でとらえられることではないということです。逆に、同じ歩調、同じ方向でやろうとするがゆえに格差が出てしまうことの方が多い。

かといって私の学年がそれぞれ勝手なことをしているかというと、けっしてそうではないのです。個性を発揮しつつ、一緒にやれるところは十分話し合い、また、他から学べるものがあったら大いに取り入れていく……。そして、うまくいかない部分についてはお互いにサポートしていく。

とは言うものの、まだまだ十分でないことも多いので、今年1年間、学年の職員、子どもたち、そして保護者のみなさんと一緒になって悩みながら、小学校生活最後の1年間を充実した1年間にしていきたいと考えています。

我ら生涯ダメ教員

(起)/
大きな書店で、春はたくさんの教育書が並びます。しかし私たちの『スマホ時代の学級づくり』はなかなか置かれていません。どうか、ネットでご購入下さい。

(承)/
ところで、最近の教育関連の書籍のタイトルに「できる教師の~」「プロの教師の~」がついていることが多いのですが、そういったタイトルに疑問を感じます。(内容はすばらし内容だと思います。タイトルのことを述べています)

理由は、"できる教師" になろうとした瞬間に子どもたちの思いとすれ違う危険性があるからです。教師にカリスマや名人は必要ないのではないでしょうか?子どもたちや保護者、そして同僚と一緒になって、グタグタになりながら悩み、実践することこそ大切なのではないかと考えています。

(転)/
教師に名人やカリスマはいらないけれど、一方で『名物先生』は必要だと思っています。ただ最近の学校現場は名物先生が生きられない現場になってしまいました。教師一人ひとりの個性が発揮されるチームワークのあり方をぜひ各学校で追求してほしいものです。歩調を合わせる、同じ方向を向くだけがチームワークではないはずです。

(結)/
自分は『ダメ教員』でいいと思っています。その自覚が子どもたちや保護者の側に立つことになり、職員室の仲間と共同できるスタンスだと思うからです。

『我ら生涯ダメ教員』を今年度のテーマにしたいと思っています。

「約束事」の応答関係

(起)/
今の子どもたちの中に、「約束事」の応答関係があることに気がつきました。それぞれがお約束のキャラを起て、そこで誰が話題提供し、誰がぼけて誰がつっこむのか、そしてその話題がどのようなオチで終わるのかまで決まっている中での応答関係です。

(承)/
お約束の応答関係は、短い一つの話題として時々入れ込む場合と、その関係そのものがお約束の関係になっている場合とがあります。

短編の場合は、タレントのギャクを利用することが多いです。ダチョウ倶楽部の「おれがやる……、どうぞどうぞ」もその代表作。したがって、そのギャクが共有できない者は外されてしまいます。

(転)/
ギャクを知らないだけでなく、お約束で演じることのできない者は外されるし、時にはいじめられることもあります。そして生真面目に話し合ったり、真剣になったりする者は敬遠される傾向も出てきています。

(結)/
約束事の応答関係が成立した瞬間、子どもたちは友だち関係が確認できたり、そのことによって安心できたりするようです。しかしそこに排除的な力がはたらくのだとしたら、約束事の応答関係は、子どもたちにとって残酷なおままごとになってしまうのだと思っています。

お花紙のタンポポ

本校の先生で、お花紙で、リアルなタンポポや、桜の花びらを作ってしまう人がいます。

すごい技だなあ。

私にはとてもとてもできません。

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サクラ

本校駐車場の白い桜は満開です。

校庭側のピンクの方はもう少し。

入学式の日が楽しみです。

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逆に無責任

責任問題ばかりを気にするようになった学校現場。

責任問題を気にしすぎて逆に無責任になってはいないか?

責任問題を気にしすぎて緊急時にも自分の判断で動けない教師。

責任をかぶりたくないので、独自のアイデアを出すこともしようとしない教師。

言ってしまうと責任が発生することを見通して口を閉ざす教師たち。

責任はすべて自分がとるから好きなようにやれ!と言ってくれる先輩に会ってみたい。

責任は自分がとりますから、好きなようにやらせてくださいと叫ぶ後輩に会ってみたい。

モラールアップ委員会方針2012

校務分掌で、モラールアップ委員会の担当になっています。

※モラル:一般的な道徳観。モラール:職務遂行上における意欲のこと。

今年度の方針として、次の三つの提案をするつもり。

☆孤立しない・させない…、追いつめない
本校は「気遣い集団」です。そしてそれが今までは良い方向にはたらいてきました。しかし、過剰な気遣いが、逆に相手や自分をおいつめることがあります。つまり、よかれと思ってやったことが相手を傷つけたり、孤立に追い込むこともあるということです。一人ひとりの「こだわり」を優先し、参加しないことの自由を保障しなければならないこともあると考えています。そんな一歩進んだ気遣いができるためにはどうしたらよいのか…、みんなで考えていきたいです。

☆理不尽な困難は笑いとばす
日本の教育現場は「理不尽」だらけです。外国の記者が、
「他の国の教師で日本の教師ほどがんばっている国はない。そして、日本の教師ほど批判される国もない。それが理解できない。なぜか?」
と疑問を持ったという話は有名。国際的にも理解できない理不尽な世界で仕事をしていることを知りましょう。そしてそんな理不尽さとまじめに向き合っていては体がもちません。時には笑いとばしてスルーすることも大切です。すると逆に解決の見通しが見えてくることがあるので不思議です。

☆立場や世代を超えて、学ぶ姿勢を大切に ~禁!上から目線~
本校でも何年か前に、講師のみなさんや若い人たちに対して「○○さんを使って~」といった言い方が広がっていたことがありました。モラールアップ委員会からの提案で、そういった言い方や見方はやめようと提起して、その後なくなりました。しかし今の日本の社会や風潮、文化の中で、どうしても若い人たちや立場が弱い人たちに向かって気づかずに配慮のないスタンスをとってしまうこともあります。立場や世代を超えて、仲間から学ぶスタンスをみんなで大切にしていきたいと考えています。

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 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

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 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

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ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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