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教師はもう声を出せないのか?

このブログのテーマの一つに「教師の意見表明権」というのがあります。現場からのリアルな声でしか教育改革は進まないと考えています。

しかし、実は…、もう教師が実名でツイッターやブログに本音を書けなくなってきていることを感じています。

文科省や教育委員会から具体的な指示や注意があったわけではありません。また、このブログに直接何かがあったわけでもありません。いわゆる「空気」です。現場の本音を書くと世間から逆に批判される空気を感じるのです。(地域によっては、教師がブログやSNSに参加することを禁止しているところもあるようです)

これは維新の会のを中心とした公務員バッシングの影響もあると思います。教師でいるだけでバッシングされる空気の中で、実名で発信するなんて言語道断!という感じでしょうか?

しかし、こうした自己規制の空気は、絶対になんとかしなければなりません。こんな国になってしまっても、現場の教師が声を出し続けなければ、やはり何も変わらないのではないでしょうか。

とりあえず、このブログとツイッターから撤退するかどうかを考え中。

改革は苦悩や苦しみから生まれるはず

維新だの、改革だのを前面に出している勢力がある。

しかし、改革というのは、人々の苦しみや悲しみ、苦悩から生まれるのではないだろうか?

苦悩している人々に共感し、今の苦しい現状を乗り越えることをテーマにして活動することが改革ではないだろうか。

しかし最近話題になっている勢力は、苦悩している人たちに対してとても冷たい。苦悩していることを「甘え」だとか「さぼっている」だとか表現していることが特徴。

勝ち組をちやほやし、勝ち残れないでいる層を、自己責任どころか、徹底的にいじめて追い落とし、嘲笑する。

そんな勢力に政治をまかせるわけにはいかない。

子どもたちの中の自分

今週は長く感じた。

忙しくて仕事をする時間がない、というのは、しおちゃんマンの名言集の一つだが、今週は、忙しくて疲れる暇もない、という感じ。

一つのことをやっていると次々とすぐにやらなければならない事が生まれてきて、子どもと顔を合わせている時間がない。それでも子どもとのことが優先だと考えるにはかなりの勇気がいる。

こんな異常な忙しさの中でも、子どもたちにだけは癒される。特に、市内小・中音楽会に向けての合唱は鳥肌ものだ。

また、子どもたちの中に、しおちゃんマンと言う存在がちゃんといてくれているのが見えた時、本当に癒されるのです。

教師が苦痛な授業など…

教育委員会の学校訪問での授業は国語を展開。

教材はサザエさんの四コマ漫画を使った授業。サザエさんの漫画を使ったオリジナル教材はこれで9作目。今回の授業は新作。

授業がうまくいった(or)いかない、教科書に載っていない教材で授業をしてはいけない(or)してもよい、そんなレベルの話をしたがる人が多いのですが、私はそんなことは考えていないのです。

私が考えているのは、教師が楽しくなくてどうして子どもが楽しめるのか!ということ。逆に言えば、教師が苦痛な授業(いやいやする授業)をするのは子どもに対して失礼だということ。

私は、子どもがつまらないと感じていると思ったら、その場ですぐに授業をやめることがあります。子どもたちは、私が怒ったのだと勘違いしてシーンとするのですが、そうではなくて、このまま授業を進めたら申し訳ないという気持ちになつてしまうので、一時やめてみるわけです。

そういった意味で、授業に関しては、毎日が反省と自己批判の連続です。

牛乳の残り本数調査?

今週、給食で牛乳を何本残したかの調査を報告しなければなりません。

こういったことはおそらく本校だけでなく、全国の多くの学校でやられているのだと思います。

牛乳を残さず飲むこと、それが食育であるという考え方。牛乳を残さず飲ませている学級がきちんと指導されている学級であるという見方。これらの考え方は大いに疑問です。

牛乳が本当に体にいいことなのかどうかは、まだまだ異論を唱えている研究者が多いと聞きます。戦後のアメリカとの関係から給食の問題は考えなければならないのだと思います。つまり経済優先と利権の問題。

また、和食に牛乳を飲むという習慣に個人的にいまだになじめません。(これは個人の問題?)

だからといって飲まなくてもいいとは考えませんが、何本残したかの調査をすることではないと思うわけです。

あそびと著作権

現在、3冊の書籍づくりに参加しています。

そのうちの一つが「あそび」に関する本なのですが「あそび」は著作権の線引きがむずかしいことを実感しています。

たとえば教室でずっと昔から実践されてきた集団遊びや学習ゲームについての著作権です。

もちろん他の書籍に書かれているものを丸ごと引用は違反です。どうしてもそのあそびを紹介したい時は、そのあそびのタイトルや紹介の仕方を独自の表現で書いていかなければなりません。

また、水球風ポートボールというプールでのあそびは、絶対に私が思いついたと考えているのですが、ネットで検索すると、かなりの人たちがやっていることを知りました。つまり、同じ思いつきで始めたものも無数にあるということ。

増やし鬼などの、伝承遊び的なあそびはどうでしょうか?

こう考えていくときりがない……。

大切なことは、どのような実践の中でその遊びを取り入れたのかを書くことかな、と思っています。

上からきたからしょうがないという考え方

理不尽な、意味のない取り組みや調査が最近多いことを書きました。それがそのまま「上」のみなさんの説明責任資料やありばい作りになることも書きました。

しかし、"いじめの実態調査に追われて子どもと向き合う時間がなくなる"、"実態調査に追われて授業を削らなければならない"、といったことを「上」(文科省や教育委員会、その他学校の上部?組織)のみなさんはどう考えているのでしょうか?おそらく何も考えていないでしょう。

だとしたら、"そういうことばかりしていてはいけませんよ"、と教えてあげるのは現場の声しかないではありませんか。にもかかわらず、現場では何も言いません。それどころか「上からきたからしょうがない」「上からきたものは拒否できない」といった考え方が当たり前の価値観になっています。「上下関係を問題(大切)にして中身を問わない」というのが今の日本の教育の現状です。

これは、逆らうとか、拒否するとかの問題ではなく、正常な応答関係が成立しているのかの問題です。内容について大いに検討するべきであるというのは当たり前のことだということです。

アンケートや実態調査ばかり

このところ、子どもたちへのアンケートや実態調査ばかりやらされて、それでまた授業をする時間がなくなっていくといったことが起こっていて、腹が立っています。

文科省や教育委員会、その他それをやらせる「上部組織」としては、アンケートや実態調査をやらせることで「ちゃんとやってます」といった説明責任やありばい作りができるのでしょうが、目の回るような忙しさの中でそんなことばかりやらされる現場としてはたまったものではありません。

そもそもアンケートや実態調査というのは、その次になにをやるのかに意味があるのであって、やらせるだけやらせてあとは現場でちゃんとやれ!とではあまりにも理不尽です。自分たちだけ安全な場所を確保して大変な部分は何もしないというスタンスはずっとずっと変わっていません。

そして何よりも、こういった理不尽にどうしてみんな黙っているのかが不思議です。上からの指示にはどんな理不尽なことでも黙ってやるといった組織は、進化・発展がないばかりか、問題解決能力もないといわざるを得ません。

修学旅行の部屋割り

27.28日が日光への修学旅行です。

みなさん、部屋割りはどうやって決めていますか?

各クラスに、10部屋ずつ割り当てられています。各部屋、4人の割り当て。

しかしこれがなかなか決まらない。いっそ抽選にしてしまおうかと思うのですが、さすがにそれでは教育的でないし(自分たちで話し合って決められる力をつけてほしい)、小学校生活での思い出の修学旅行で、仲の良い友達と同じ部屋になりたいという思いも、安易に切り捨てるわけにはいきません。

また、なんでもかんでも学校側で決めてしまう最近の宿泊学習で、部屋割りくらいは子どもたちに決めさせてあげたいという思いもあります。(昔は、かなりの部分で、子どもたちの意見をとりいれたものですが……、たとえばお小遣いの金額など。)

しかしそんなふうに考えていると、今の子どもたちはなかなか決めることができないのです。親密な友だち関係をつくっていく女子は特に難しい。

そこで学年で話し合い、一部屋を一律に4人にするのではなく、3~5人と、幅を持たせることにしました。そうすれば、話し合いの幅も持てるし、子どもたちの要求も満たすことができるのではないかと考えました。

やってみると、多少のギクシャクはありましたが、どのクラスも決めることができたようです。

日本の教師に授業をさせろ!

複数の仕事…、雑務と言ってよいものが、イッキに押し寄せてきて、子どもたちの指導について…、いや、それどころか、授業の準備をする時間さえとれない。

しかもそれは、教育委員会学校訪問や、学校・学年行事に向けての、説明責任を果たすための仕事ばかりだ!

こういった実態を目の前にすると、もはや公立学校は学校としての機能を放棄してしまったのではないかとさえ思える。

日本の学校は、一日も早く学校としての機能を正常に取り戻さなければ……。

「日本の教師に授業をさせろ!」

笑えない笑い話である。

お喋りできる良さ

若い人(確か講師の方で、担任の経験があると言っていました。女性です。)から、クラスがなかなか集中しない、けじめ、めりはりがつかない、という相談を受けました。子どもたちは授業が楽しいとついついおしゃべりが多くなってしまい、集中できなくなっしまうらしいです。そんな時に集中させるにはどうしたらいいかという相談です。

そこで、「集中のさせ方だったらいろいろな本に書いてありますよ。」と答えました。すると、「おすすめの本はありますか?」と聞くので、「いえいえ、そうではなくて、集中のさせ方だったら、本を読めばすぐにできるということ。つまり、その程度のこと。子どもたちが楽しくおしゃべりができることの方を大切にしてほしい。」みたいなことを話しました。

静かにさせる、きちんとさせることを軽視するわけではありませんが、今は子どもたち同士の関係や教師と子どもたちとの関係にこそ目を向けるべきではないかと思っています。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

雑誌『生活指導』(高文研)編集長/全国生活指導研究協議会常任委員/最新著書『教師と子どものための働き方改革』(学事出版)/小学校で37年間学級担任として勤務/現在某私立大学文学部教育学科特任教授/iPhone12 Pro/Surface Laptop3/黒猫大好き/手相は両手とも「ますかけ」。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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