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2月も終わりかぁ…

今日で2月も終わり。

今年度も残り3月を残すのみ。卒業式まであとわずか。いよいよ押し迫ってきました。

さらにこの時期、学年末の仕事も押し寄せる。6年生の学年末の仕事は、他の学年の1.8倍…。(数字に根拠はないけれど、2倍にちょっと届かないくらい。それでも2倍に近いという意味で)

1日から学年末の仕事をスムーズにスタートさせようと思ったけれど、その日は「六年生を送る会」のご苦労様会。翌日の土曜日は友人の墓参り、日曜日も会合があり…。なかなか仕事をスタートさせることができない。

仕事をやる時とやらない時とのメリハリが大切だとよく言われるけれど、やらないでいようとする日に、やらなければならない仕事があふれてくるといった感じ。これではメリハリなどつけようがない。

どうなることやら。明日からの3月。

落語を読み聞かせ

ずっとずっと、毎朝読み聞かせを続けています。

先日から、落語の本を読み始めました。

はい、実はこれは禁断の書。つまり、落語家と同じように語れるはずがないのです。読んでいて、自分でも嫌になるほどへたくそな読み方。そしてあらためて、落語家さんのすごさを感じました。

しかし逆に言えば、やりとりの間を教師自身が学ぶためにも、落語を読み聞かせするのもアリかな?と。

もう少し続けてみようと思いました。

かつて「六年生を送る会」は…

今週の金曜日、六年生を送る会があります。

1年生から5年生まで、それぞれの学年が六年生のために、様々な演技を披露してくれます。

かつては、この「六年生を送る会」は、儀式的になってしまった卒業式に対置する取り組みとして、現場の教師によって大切にされてきました。子どもたちの自治のメインの取り組みとしてその指導に力を入れてきました。

体育館装飾の分担を代表委員会で決定したり、六年生を感動させるサプライズな演出も、児童会役員を中心に考えたものです。

しかし、最近は、児童会・代表委員会が形骸化(中には存在もしていない)してしまっているので、その準備や演出は教師が中心となってやることになり、子どもたちは教師の企画にのっかる形で会を進行し、演技するケースがほとんどです。

卒業式が完全に儀式化し、送る会が形骸化し、子どもたちが主人公として生き生きと活躍する場がなくなってしまいました。

残念な時代になってしまいました。

「ダメ教師」宣言!

2013年 集団づくり研+学事出版 学習会
「ダメ教師」宣言!
〜今、子どもたちの真実の声を聞くために~
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誰だって「ダメ教師」とは思われたくない。しかしその思いが、自ら多忙化に追い込み、子どもたちとのすれ違いを生み出し、自分を苦しめているのだとしたら……。

今、求められている(=国が求めている)教師や教育のあり方について考えてみよう。そしてそれにのっかることが本当に「できる教師」なのかどうか…、子どもたちが求めている教師である のかどうかを考えてみようではありませんか!

本学習会は『スマホ時代の授業あそび』刊行を記念し、ワークショップ&シンポジウムで構成するものです。学校の先生でしたらどなたでもご参加ください。

[日 時]3月23日(土)
13:30~17:00(13:00受付開始)

[会 場]
筑波大学東京キャンパス文京校舎
1F・117講義室
〒112-0012 東京都文京区大塚3-29-1
地下鉄丸ノ内線「茗荷谷駅」下車 徒歩3分
http://www.tsukuba.ac.jp/access/bunkyo_access.html

[参加費]1,000円
[定 員]40名


【主なプログラム】
ワークショップ&シンポジウムで
楽しみながら学びましょう!

13:30-13:45 開講式
13:45-14:45 ワークショップ&シンポジウム
15:15-16:45 実践レポート分析
16:35-16:45 まとめの会

※当日は現場の若手からベテランまでの教師が、体験に基づいた話題を提供します。

【お申し込み・お問い合わせ】
学事出版株式会社出版部 二井(ふたい)まで。
TEL:03-3255-5472
futai@gakuji.co.jp まで、お名前・ご連絡先メールアドレスを明記してお送りください。

言葉は不完全

言葉を発すればすべて済むと思っている傾向が教師にあります。

長々とお説教をすれば、子どもに伝わると思っていたり、言っておけば、もう向こう(子ども)の責任であると処理したりしてしまう傾向もあります。「言ったはずでしょ!」「だから言ったでしょ!」というのも教師の口癖。私もよく使います。

言葉は不完全なものであることを先日浦安の教育実践サークル「エスクエラ」で学びました。熱く語ったところで熱く伝わるということではないということ。

だとしたら、不完全な言葉はどう補われるのでしょうか?

言葉の不完全さは言葉で補うしかないという意見と、言葉はきっかけにすぎないという意見…、つまり集団の中での力関係の変化や行為行動にこそ着目するべきだという意見とがありました。

私は、言葉は不完全であるということには賛成。しかしそれは言葉だけでは補えないという意見。ただ、言葉にこだわらない限り、行為行動の意味や、そこにいたるストーリー、言葉の裏側にある思いに到達できないのではないかと思っています。

討議討論とは、子どもたちが言葉を遣って(ママ)、集団の人間関係・力関係を推し量り、確認していく(時には人間関係・力関係・価値観の逆転というドラマの中で子どもたちが変わっていく)という面があるということ。

何を話し、何をどう決めたのかばかりが大切ではないということです。

どれだけ担任裁量が許されているか

たとえば、卒業式での卒業生の入場の仕方。

学校によっていろいろあります。

たとえば、担任が先頭に立って、子どもを引き連れて入場してくる方法。

逆に担任は職員席にいて、子どもたちを迎える方法。

担任の思い…、そして子どもの思いがあって、その方法は毎年論議されるべきです。

ところが最近は、論議することさえ許されない学校が増えてきています。

毎年違っていてはおかしい…、保護者に不安を与える…、という理由??

ということで、論議もしないで、その学校の「あたりまえ」として教師や子どもたちに押しつける…。

私などは、議論もしないで決めてしまう方がよっぽど機械的で、つめたく感じます。

どれだけ担任の指導裁量が保障されているのかは、教師と子どもたちとの信頼関係度と比例しているものです。

思い出は未来への心の支えになるのか

日刊通信[ザ・教室2012 2/22 180号より]

思い出は未来への心の支えになるのか

六年生を送る会の学年演技のテーマは、思い出を心の支えにして夢を持って生きていくこと。(内容はサンドイッチパーティーの発表まで秘密ということで…)

さて、ここで考えなければならないことは、思い出は、未来への心の支えとなるのか?という問題。

過去を振り返るなとか、前だけを向いて生きていこうとかよく言われます。しかしよく考えてみると、人間というのは、過去の積み重ねの上に立って……、つまり経験・体験・学習を生かしながら生きているわけです。

昔を懐かしんでばかりいて、何もしようとしないのは問題ですが、

・あの時にがんばれたんだから、今もがんばれる。
・あの時の仲間に、相談してみよう。
・あの時に、あんな失敗をしてしまったから、今度はそんな失敗しないように注意しよう。
・あの時に成功できたのは、~だったから。それを今度も生かしていこう。
エトセトラ

というように考えて生きていくことと当然であるし、大切な生き方であると言えます。

一方、過去に受けた傷からなかなか立ち直れないのが今の若者や子どもたちの傾向だと言われています。その原因は、過去の傷にしっかりと向き合い、それを ”学び” に変換していく力が弱いからなのかもしれません。

実は、過去に向き合う勇気は、新しい出会いの中でしか得られません。そういった意味で、過去・思い出を生かしていく生き方は、新しい出会いを大切にしていくこととイコールであるとも言えます。

卒業やお別れは、未来へのスタートラインです。

2013年「ダメ教師」宣言!~今、子どもたちの真実の声を聞くために~

今年度の、集団づくり研の学習会のお知らせです。今回は定員40名なので申し込みをお急ぎ下さい。

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★テーマ:
2013年「ダメ教師」宣言!~今、子どもたちの真実の声を聞くために~

[情勢と主旨]
誰だって「ダメ教師」とは思われたくない。しかしその思いが、自ら多忙化に追い込み、子どもたちのすれ違いを生み出し、自分を苦しめているのだとしたら……。

今、求められている(国が求めている)教師や教育のあり方について考えてみよう。そしてそれにのっかることが本当に「良い教師」なのかどうか…、子どもたちが求めている教師であるのかどうかを考えてみようではありませんか!

お国のために滅私奉公する国民とそれを指導するひと握りのエリートを育てようとする政府の教育改革は、今後ますますその速度を上げることが予想されます。

そのための準備として、今は教師バッシングに必死です。いじめ問題、体罰問題、かけこみ退職問題、その背景にある問題から目をそむけさせ、それらを教師の "質の問題" にすり替え、「教師の質が低いから教育改革が必要」「こんなに問題が紛失しているから改革が必要」「それに反対する教師は問題外」という宣伝に必死なのです。

教育は国が「取り上げ」てはいけません。それは先の戦争の大きな教訓だったはず。国が国民を動かすのではなく、国民が国の今と未来をつくっていくのです。そのための教育だったはず。

私たちはいままさに、[国のための子どもたちを育てる]のか、それとも、[国をつくっていく子どもたちを育てる]のかの選択をせまられています。

そのためには、教師としてどう生きていくのか、今の厳しい状況をどうのりこえ、笑いとばし、理不尽な力を押し返していくのか、そしてそのためには私たち教師一人ひとりがどのような力を持つべきなのかを考えるべきだと考えます。

まずは、お国のための国民を育てる教師としては、"「ダメ教師」宣言" をしようではありませんか!

子どもたちの側を向いているから……、子どもたちの真実からスタートしようとしているがゆえに落ち着かなく見えるだけで、それを「ダメ教師」というなら、"名誉ある「ダメ教師」評価"を受けようではありませんか。

国に求められる教師ではなく、子どもたちに求められる教師になるためにこの学習会を開きます。

[日時]
3月23日(土)
13:30~17:00(13:00受付開始)

[場所]
筑波大学 東京キャンパス文京校舎
1F116・117講義室
〒112-0012 東京都文京区大塚3-29-1
http://www.tsukuba.ac.jp/access/bunkyo_access.html

[参加費]
1000円(当日受付にて)

[日程と学習形態]
13:00-13:30 受付
13:30-13:45 開講式(117講義室)
13:45-14:45 ワークショップ&パネルディスカッション
◯授業あそびの紹介
◯学校現場をテーマにしたパネルディスカッション
14:45-15:15 図書販売&休憩(116講義室)
15:15-16:45 実践レポート分析
16:35-16:45 まとめの会・感想発表など
16:45-17:00 後片付け

※終了後、希望者で懇親会も予定。

参加申し込みは、とりあえず、塩崎宛メールで本日から先行受付を開始します。本文に、「集団づくり研の学習会に参加します」と書いて送信してください。

▼塩崎宛Mail
http://form1.fc2.com/form/?id=136307

卒業制作「オルゴール」

卒業制作のオルゴールの作品を何点か紹介します。

曲は、この学年の思い出の曲「ありがとう」「風が吹いている」「栄光の架け橋」の中から個人で選択しました。

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道徳の評価制度をねらっている…、と思う

政府の教育改革で、手っ取り早くやってしまおうと考えているのは、「道徳」の評価だと、個人的には見ています。

「強いもの」(教師の指示や、国の理不尽な決定も含む)の指示や命令に従順であること…、時には国のために命さえも投げ出せる子…、夢を与えておいてそれが実現できなくても素直にあきらめられる子、虐げられても権利を奪われても、それが自分のさだめであると受け止められる子…、そんな「道徳的」な子どもをつくるために、小さい時から「評価」していく。

それが、何段階的な評価になるのか、文章評価になるのかわかりませんが、今の状況の中では一番手っ取り早いと考えているかもしれません。

道徳を評価したところでそんな子どもは育たないと考えている人がいるかもしれませんが、そうではないのです。ここで問題にしなければならないことは、教師の子どもたちを見る目がそのように変化していく、つまり、良い子・悪い子に選別する目になっていきます。一方的な指示命令ばかりで、教師と子どもたち…、子どもたち同士のコミュニケーションが喪失します。

子どもを道徳的に育てるとは、おとなの言いなり、強い者に言いなりの子どもを育てることではないはず。それはもはや教育とは言えません。

しかし一方で、 "教師の言いなりにしたい" という思いや要求が教師に強いのも事実。それだけ今の子どもたちと関係をむすぶことが難しい時代であるとも言えます。ゆえに、道徳を評価するような取り組みが現場に簡単に入ってしまうような気もするのです。

「最初が肝心。はじめの数日間でにビシッとさせる」などと、それがあたかもすごい教育技術のように受け入れていることの危険性に、日本の教師は早く気づいてほしいと思っています。

また同じことが繰り返されるのか

国の全国学力調査をめぐり、福岡県教委の複数の教育事務所が、対象の子どもたちに事前に過去の問題を解かせるよう校長に伝えたり、過去問題集を作って学校に配ったりしていたことがわかったそうです。

こういった事件がまた繰り返されるのか…、また最初から考えなければならないのか…、と思うと、ドッと疲れが出ます。

自民党は、学力テストを「とりもどし」、教員免許更新制度も問題視しないと「とりもどし」、6日制を「とりもどし」、学区の自由化問題も「とりもどし」、習熟度別指導も「とりもどし」、35人学級にしないことも「とりもどし」……。

民主党が進めてきた教育政策は支持できませんが、だからと言って、自民党が主張してきたことが正しかったということではないはず。とりもどしのではなく、「とりあげる」つもりなのだと思う。

教育は国が「とりあげ」てはいけません。それは先の戦争の大きな教訓だったはず。国が国民を動かすのではなく、国民が国の今と将来をつくっていくのです。そのための教育のはずです

女性専用車両

15日金曜日は、国会議事堂見学&東京散策の校外学習でした。

東京メトロを利用しました。ところが、クラスの子どもたちを朝の電車に乗せようとしたら、ここは女性専用車両だから、子どもたちの引率でも男性はダメだと断られてしまいました。(男の子はOK)

しかたなく、隣の女性担任と、その時だけ交代してもらいました。活動計画をたてる時、女性専用車両のことまで思いつかなかったと、悔しい気持ちになりましたが、納得できる失敗なので、次への教訓にしたり、こうして話題に出来るからでしょうか?楽しい気持ちにもなっていたので不思議でした。

さてこの「女性専用車両」、歴史をひもといてみると、意外に昔から取り組まれていることがわかりました。そしてその都度、廃止されてきたことも。

以下「Wikipedia」より。

(1) 日本における女性専用車両は、1912年(明治45年)1月31日に東京の中央線で朝夕の通勤・通学ラッシュ時間帯に登場した「婦人専用電車」が最初。この「婦人専用電車」は、男性と女性が一緒の車両に乗るのは好ましくないという当時の国民性を反映して導入されたものの、短期間で廃止。

(2) 関西地方では1920年(大正8年)10月、大戦景気の余韻を買って神戸市電が買い物客を誘致するために「御婦人専用電車」を運行した事があるが、この年で姿を消す。

(3) 阪神急行電鉄(阪急)では1933年(昭和8年)の神戸女学院の神戸から西宮への移転と同時に、女学生の風紀を守るためとして、今津線門戸厄神駅まで神戸から直通する神戸女学院貸切車(1両編成)が通学時間帯に一日に2本運行されたが、1937年(昭和12年)頃廃止。

(4) 戦後の1947年(昭和22年)5月に、やはり中央線で「婦人子供専用車」が登場し、同年9月からは京浜東北線にも連結された。この「婦人子供専用車」は、当時の乗車率が300%にも及ぶ過密状態であったため、殺人的通勤ラッシュから子供と労働女性(OL)を守る目的、ラブレターの受け渡し禁止の目的も合わせて導入。しかし、京浜東北線の「婦人子供専用車」は短期間で廃止。

(5) 中央線では朝の通勤・通学ラッシュ時間帯での運行が継続されていたものの、1973年(昭和48年)9月15日(当時の敬老の日)より導入された「シルバーシート」(優先席)と入れ替わる形で前日の14日をもって廃止。

(6) なお、中央線と京浜東北線には進駐軍関係者のための専用車を格下げして「老幼専用車」が1957年(昭和32年)6月より設定された事があるが、中央線は1958年(昭和33年)11月、京浜東北線は1961年(昭和36年)11月に廃止。

(7) 1980年代末には大阪で痴漢を咎めた女性が逆に性犯罪の被害者となる事件があり、それを機会に結成された団体などが性犯罪防止を鉄道各社に訴えた事でアナウンスや啓発広告がなされるようになり、後年の女性専用車両導入の底流の一つともなっている。

日本の教師はもっと胸をはるべき

言いがかりとしか言いようのない…、意図的だとしか思えない…、あいかわらず理不尽きわまりない…、教師バッシングが繰り返されている。

私の予想だと、それは、教育改革、その先の憲法改正まで繰り返されることになるだろう。

「ダメだから改革する」…、それが国民の中にすり込まれていく。

でも…、本当に日本の教師はダメなんだろうか?

そうは思えない。

こんな劣悪な現場環境の中で、これだけの教育水準を維持していることのすごさについて、なぜ誰も気づかないのだろうか?

日本の教師は、顔をあげて、もっと胸をはるべきだと思う。

謙虚さを忘れず、一方でもっともっと自分の仕事や自分自身に誇りと自信を持つべきだと思う。

そして一人ひとりが教育を語り始めようではありませんか。

日本の教師が、外に向かって教育を語り始めたとき、はじめて真の教育改革が始まるのだと思う。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師として、生活・生徒指導、特別活動、発達障害 等の講義を担当。全国生活指導研究協議会常任委員。雑誌『生活指導』(高文研)編集長。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

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ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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