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忙しさを考える

忙しさというのは、まさに心を失うこと。まわりがみんな自分を批判しているように見えてくる。まわりがみんな楽をしているように見えてくる。自分ばかり嫌な思いをしているように見えてくる。そして時にはだれかにキレることも。

忙しさは、個人だけに負わされるものではなく集団的に発生してくるもの。自分の忙しさの原因を考えるということは、集団の分析が必要だということ。忙しさを発生させていることをシステムとして分析してみること。自分の忙しさは仲間の忙しさでもあるということ。

個人としては、今やらなければならないことはなんなのか、やりたいことはなんなのかを整理してみたい。できれば「やりたいこと」と「やらなければならないこと」は一致させたい。ここで言う「やりたいこと」とは、もちろん仕事の中での話。

次に、やりたいことをこばんでいるものを具体的な事象として整理。そしてその事象はどういったシステム的欠陥から発生しているのかを考える。できれば、その欠陥を修正し、乗りこえるためにはどのような行動、発言が必要なのかも考える。

一方、やりたくなくてもやらなければならないこと、やってはいけない判断してもやらなければそこで生きていけないことも存在する。そういったことについては、とりあえず時間をつぶしてやることも大切。「仲間づくり」の一つとして割り切ることも大切。

しかししかし、ここだけは譲れないことがあること、譲れないものを持つことはもっと大切。そしてそれをまわりに理解してもらうためにどうしたらいいのか、または理解してもらえなくても強引に突き通すのがいいのか……、そういったことをじっくり考えてみることこそ大切。

忙しさの発生は自分の生き方を考える宿題かもしれません。

指導は調教ではない!

(起)σ 教育活動における指導は、子どもを調教することだと考えている人たちがいる。子どもたちを集団に適応させ、異議申し立てを許さず、ひたすら「良い子」であることを評価することが指導だと思い込んでいる人たちがいる。

(承)σ そういった人たちは、「良い子」であるために必要な「教え込み項目」を並べたがる。そして「教え込み項目」をいかに効率よく、そして楽しく進めるかを実践の工夫やアイデアだと本気で思っている。

(転)σ こういった人たちは、担任が学級を「統率」するものだと思っている。学級は担任がすきなように動かすべきだと思っている。当然ありうる教師と子どもたちとのすれ違いや葛藤、子どもたち同士のトラブルや苦悩など、人間の成長のためのストーリーを否定する傾向がある。

(結)σ 現場は、教師の自己満足のためにあるのではない。教師の苦悩こそ大切にしたい。毎日苦しくて仕方がない教師のみなさん!その苦悩こそ子どもたちに真摯に向き合っているあかしです。子どもたちは、共に悩んでくれる教師こにこそ信頼をおいてくれるのです。明日からも元気を出していきましょう!

高め合い尊敬し合える教育システムを

(起)σ 教育は、その内容について、高め合うことはあっても、競い合うものではありません。また、協同することはあっても、その方法は統一されるものではありません。都道府県別に順位をつけるのは本末転倒。どの地域にも同じ教育方法を強いるのも理不尽です。

(承)σ 日本の教育に順位がついたとたん、下位のものはやる気をなくし、中位のものは無関心を装い、上位のものは精神的に追いつめられました。そして支配者は、やる気をなくしている下位のものに罰を与えようとしています。やる気をなくさせたのは自分であることを棚に上げて。

(転)σ 競い合いは他者を敵視しますが、高め合いは他者を尊敬します。そして、悩んでいるもの苦しんでいるもののヘルプに応えます。また、ヘルプができるものこそ、実は自立しているものであることに気づきます。

(結)σ 仲間を敵視せず、ヘルプに応え、高め合い、尊敬し合える教育システムは必ずできるはず。問題は、それを誰も考えようとしないことです。

人の幸せとは

ある社長に、住職が語った言葉。

人間の究極の幸せとは、この四つ。

◎人に愛されること
◎人にほめられること
◎人の役に立つこと
◎人に必要とされること

う〜ん……、たぶんこの四つは、一生懸命生きてきたことの結果がこうであればよいということ。これらが目的になってしまうと、なんだかいやらしいし、夢がない。

指導者やリーダーとしての観点の話だとしたらどうだろう?

子どもたちを愛し、前向きに評価し(誉め)、仲間との関係や学びの中で、自分の生き方を発見していくような指導やリーダーシップが大切であると…。

これだったら理解できるような気もする。

メインにならない電子黒板 等々

(起)σ パソコンや電子黒板などの機器が導入されるたびに研修が繰り返され、その活用を呼びかけられます。しかしそれらが "日常的に" 利用されることはなく日本の教室はあいかわらず黒板中心の授業が進められています。なぜパソコンや電子黒板等々の利用が日常化されないのでしょうか?

(承)σ その原因として、教師の保守的な姿勢とか、研修不足とか、準備時間がないことも含めた環境整備がされていないとか言われます。確かにそういう部分もあるかもしれません。

(転)σ しかし私は、逆に考えています。つまり、黒板をメインにした日本の教育スタイルはとても優れているということ。パソコンや電子黒板等々の機器は、まだまだ日本の黒板授業を超えることができないということ。黒板授業の優れているところをざっくり言えば、応用やアドリブが効くということ。

(結)σ タブレットが導入される学校が増えてきました。さて、そういった授業は、紙のノートを利用した授業を超えられるのでしょうか?教育を経済の側面から見てはいけません。教育内容、方法の研究の側面から考えなければならないということでもあります。

これから管理職になる方への10か条

同期のほとんどは管理職になり、下の世代もどんどん管理職になっていく世代です。ということで、これから管理職になる方たちにいくつかお願いしておきたいこと "10か条" があります。。何の立場で?何様のつもり?なんて言わないでちゃんと読みましょう。

(01) 思いつきで振り回さない
管理職は権力性を持ち合わせています。つまり、思い通りに動かせる力がある。ゆえに、ふと思いついたことでもまわりを動くように錯覚してしまう。しかし実は、職員は振り回され、混乱し、不満がたまっていることに気づいてほしい。

(02) 教師を信頼してまかせてほしい。
任せっきりと言うことではありません。やりたいこと、チャレンジしてみたいことがあったら、ぜひ励まし、"責任はとるからがんばれ!" と背中を押してほしい。

(03) システムの中で協同を生み出してほしい。
教師を個々にあれこれ言うのではなく、教師集団の中に協同を生み出すこと。そのためのシステムを組織し、運営してほしい。相談されたことは必ず学年集団や部会におろすことを心がけてほしい。

(04) 教師間の力関係は実は自分がつくり出している
教師を知るということは、個々の事情を知るということだけではありません。教師間の関係を知ることが大切。そしてその力関係は、実は自分がつくり出してしまっていることにも気づかなければなりません。

(05) 出過ぎずに出るスタンスが大切
管理職が何事にも率先して行動してくれることが良いとされていた時代もありました。しかし今では、そのことが逆に職員のプレッシャーになったり、時には失笑されたりしてしまう時代になったことにも気づいてほしい。しかしそれでも出なければならないこともあることにも。

(06) 教師個々とのおしゃべりを大切に
指示・指導するばかりでなく、聞き取り・学ぶ管理職であってほしい。校長室や職員室の自分の机に呼びつけるのではなく、自らその先生の席に行って、話を聞いてみたらどうでしょうか。校長室で話すのは、そのあとでもよい。

(07) 保護者からの学校教師批判には前向きに受け止めて
現場にとって理不尽な要求や批判が保護者からヤマのようにある時代です。しかしそんな時にも、その要求・批判は前向きにとらえてエネルギーに変換していくのが管理職の仕事。けっして、子どもたちや保護者、職員のせいにしてはいけません。

(08) 地域の中の学校を目指してほしい
学校がいつの間にか文科省・教育委員会の下部組織になってしまいました。学校は地域のものであったはず。しかしそれは、地域に上からサービスを提供するということではなく、共に生活していくものとしての学校です。その視点に立てば、やらなくていいもの、やらなければならないものが整理されて来るはず。

(09) 文科省、教育委員会に物申せる管理職に。
学校それぞれには、違った実態と事情があるはずです。それを一律に統一させようとする指示・指導そのものに無理があります。常に現場の事情に目を向けて、時には文科省・教育委員会にも物申せる管理職になってほしいです。

(10) つまらない脅しに屈しない。
今後ますます学校間競争を強いる時代になるでしょう。どっかの県の知事のように、学テで順位の下の校長の実名を公開する、などという、つまらない脅しにけっして屈せず、教師や子どもたちのためにふんばってほしい。「どうぞ、公開してください」と胸がはれるような管理職になってください。

荒れる学校の一つの特徴

なぜか毎年高学年の学級が「荒れる」小学校があります。ここで言う「荒れる」とは、"教師と子どもたち、教師と保護者の関係が崩壊する" ととらえます。つまり、信頼関係が崩れ、指示や指導が入らなくなるということです。

さて、その原因はいろいろあるのですが、そこに共通した特徴があります。それは、
『情報を管理職がすべて握っていて、教師集団に情報が共有されていない』
『教師集団に情報が共有できるシステムがない。または、システムはあっても動いていない』
という特徴です。

たとえば、学級の悩みは管理職に相談。管理職は個別にその教員に指導。しかしその内容は学年には伝わらない。そんな状況の繰り返しがある学校は必ず「荒れ」ます。つまり、管理職の指導のほとんどはうまくいかないのです……。

こういった学校は、学年の同僚が気づいた時には、もはや取り返しのつかないほど学級が荒れてしまっていたということもしばしば。なぜ学年の先生たちは気づかなかったのか……、しかしそのことは管理職は知っていた……、ということが多々あるのです。

子どもたちの指導は、教師集団の協同な取り組みでしか成立しません。これは"一緒に取り組む" ということだけではなく、教師個々の悩みや苦悩に共感し、励まし合い、高め合うことも含みます。愚痴を言い合うことでさえ、教師の協同として大切な要素なのです。

管理職に報告することは大切。しかし管理職はそのことを学年、または、生徒指導部会等におろして、職員みんなで考え、解決していかなければなりません。

一方学年や生徒指導部会は、その受け皿を持っていなければなりません。実務的な確認ばかりでなく、学級の様子や教師個々の悩みについても話し合う時間を優先的に設けなければなりません。

今年度も折返し地点。そろそろこういった問題がふきだす時期だと思うので、ぜひ多くの学校で考えてほしい課題です。

元気をもらった運動会

21日の運動会で、子どもたちからたくさんの「元気」をもらいました。

いろいろあって、私たち教師は元気がなかったのですが、騎馬戦や組体操に真剣に取り組む子どもたちの様子を見て、元気を取り戻しました。

私たちの仕事は、子どもたちの笑顔に癒され、元気をもらうのだとあらためて思いました。まさに、「はたらきかけるものが、はたらきかけられる」ということだと思いました。

そういった意味で、本当に子どもたちに感謝しています。

さて、すぐに小中音楽発表会に向けて、合唱に取り組みます。

子どもたちの可能性を信じて、真摯に子どもたちに向き合っていきたいと思っています。

56歳の誕生日

1957年(昭和32年)、9月22日が私の誕生日です。今日で、56歳になりました。Facebookやメールで、お祝いをたくさんいただきました。ありがとうございました。この場をおかりしてお礼を述べさせていただきます。

生まれたのは、千葉県柏市。柏公園のそばの自宅。時間は不明。公園のそばだったので、小さい頃、叱られる時には「公園で拾ってきたんだから家の子じゃない!」などと言われました。(笑)

そんなしおちゃんマンも孫も生まれ、おじいちゃんになりました。また、教師の現職でいられるのもあと4年。教師になってからも、長い年月がたったのですね。

ただ、前にも書きましたが、私は、自分の時間を縦長に考えないことにしています。横の広がりとして考えることにしています。この年月の中で、どれだけの人たちと出会い、どれだけの経験をしたのかを、広がりとして見ていきたいと思うのです。そしてこれからも、もっともっとたくさんの出会いや経験、そしてたくさんの発見をしていきたいと思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。

運動会の万国旗

本日、天気が良ければ運動会。

担任している6年生にとっては、小学校最後の運動会です。ぜひ思い出に残る運動会になればいいな、と思っています。

さてさて、この運動会で、万国旗が飾られる学校が多いです。ただ「万国」と言っても、地球上には200程度の国家しかないありません。また、万国旗に採用される国旗は一般にそれを更に下回り、20〜30ヵ国程度のようです。

この万国旗、いつ頃から飾られるようになったのでしょうか?

調べてみると、どうやらルーツは明治時代。

当時、日本に来る船舶は敬意を表し友好の証として入港する際に、自国の国旗と日本の国旗を掲げていました。また、この頃から参加する様になった万国博覧会では、参加する各国の国旗が掲げられていました。

こういったイメージから【華やかなイベント】の象徴として、運動会にも万国旗が使われる様になり、明治中期には運動会には万国旗‥‥と定番になったと言われています。

ちなみに、日本以外にも万国旗を飾る習慣のある国があります。スェーデンです。

スウェーデンでは200年以上戦争が起きていない平和と外国を受け入れると言う意味のシンボルとして、万国旗が飾られるということでした。

感謝・協同・感動の運動会に!

[日刊通信NO.85「感謝・協同・感動の運動会に!」より]

明日、小学校最後の運動会。組体操に向けてTシャツに各自こだわりの漢字を書きました。当日はこのTシャツを着て演技します。

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 先生は、みんなに次の三つの言葉を心の中に持って演技してほしいと思っています。
 一つは「感謝」。中心となって準備し、指導してくださったK先生、そして励まし合い、高め合い、支え合ってきた仲間……、家族には、小学校卒業の年まで育ててくれたことへの感謝の気持ち。色々な人たちに感謝しながら演技にのぞんでほしい。

 二つ目は、「協同」。漢字を見てもわかるように、「協」という字は、力の漢字がピラミッドになっていて、それが十倍になっています。同じ目的に向かってがんばる仲間のために力を発揮してほしいということ。

 そして三つ目が「感動」。感動というのは、感情が動くという意味。そして感情というのは喜びだけではないこと。失敗して味わう悔しい気持ちも感情の一つ。失敗してもまったく落ち込む必要はありません。一緒に悔しがってくれる仲間がいることを忘れないでほしい。そしてその仲間に、先生たちも入れてもらえると、すごくうれしいです。

 明日は、自分を信じて、そして仲間を信じて、小学校最後のステージに向かおう!

秘密保全法と教師のブログ

このままでは、秘密保全法が通ってしまう。

これが通れば、公務員によるネットでの活動は確実に制限される。教師のブログも同様である。……いや、いの一番に取り締まられるかもしれない。(自主規制も含む)

特に私のブログは、現場において感じる教育問題を論じることが多い。そのためには、現場のあれこれを紹介しなければならない。まずはこれ(現場を公開するような取り組み)がダメ。さらには、お上に対してもの申すことはもちろんダメ。

すでに都内の高校では、教員がブログやツイッターで処分されているという情報も得ている。(書き込まれた内容や処分の中身については未確認)

どこかの国を批判している場合ではない。同じような国に今、日本がなろうとしている。

心のもみほぐし

[心のもみほぐし_1] 最近では、頭をなでてあげただけで「セクハラ!」と言われます。子どもと冗談を言い合い、頭に「つっこみ」を入れると「タイバツ!」と言われます。

[心のもみほぐし_2] 写真を撮ってあげると、「勝手に撮らないでください」と言われ、個人の作文を全体の前で読むなどもってのほか。廊下に絵画を貼る時にも子どもの了解が必要だという学校の話も聞きました。

[心のもみほぐし_3] 私達が書いた「学級あそび 教室あそび」の表紙は、教師の膝に子どもが座っています。最初に紹介している「ひざダッコマシン」の絵でもあります。表紙を初めて見た仲間が「これセクハラにあたらない?」と真剣に心配していたことを思い出しました。http://www.natsume.co.jp//book/index.php?action=show&code=004661&id=207

[心のもみほぐし_4] しかし現実では、低学年の子どもたちは「ひざダッコマシン」が大好きです。高学年の子も、口では「セクハラ」などと言いながら、うらやましそうに見ています。

[心のもみほぐし_5] 子どもへの接触は、城丸章夫は「心のもみほぐし」と表現し、生活綴り方では「概念くだき」と呼んでいます。子どもをひざに抱き上げて爪を切ってあげながら話をするのは、綴り方教師が好んでやる手法だったようです。

[心のもみほぐし_6] 接触による心のもみほぐしは、教師との関係についての概念をくずします。教えるということは、今までの概念をこわさないと子どもの体は受け入れてくれないということ。言っても言ってもわかってくれない…、できるようにならないのは教師が「こわす」ことをわすれているからです。

[心のもみほぐし_終] 城丸章夫は言います。「くずすことのなかに作りあげがあり、作りあげのなかにくずすことがあるのです。つまり、心身のもみほぐしというのはそのことが同時に教えることになるのです。」と。参考:城丸章夫著作集第7巻体育・スポーツ論

9/16のツイートより

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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