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ヨシムネも ねね も元気でした

2013年も明日で終わりです。
しばらく、ヨシムネや、ねねの話題がありませんでした。
2匹とも元気です。

ヨシムネは、太りすぎが心配。エサを少なめにしたら、かなりストレスがたまってしまったので、最近少し元に戻しています。毎日、私の布団の中に入って寝ています。
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ねねも元気です。ただ、一ヶ月に一度、てんかんになります。夜中にドタン!と大きな音をたてて、体をふるわせている姿を見るのはつらいです。薬は絶対に飲まないので、様子をみるしかないです。でも、てんかんの間が、一ヶ月から二ヶ月近くにまで伸びてきたので少し安心しています。
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新しい年も、一緒に元気に暮らしていこうと思っています。

『言葉』を大切にすること

自分は、SNSを利用して発信すると、それだけで自分の『言葉』が多くの仲間に届いていると錯覚していました。ツイッターのフォロワーや、FBの友達を増やすことが、自分の情報の受け手を増やすこととイコールだと考えていました。でも現実的には、私の『言葉』は多くの仲間には届いていませんでした。

自分はSNSを利用して、情報を…、『言葉』を垂れ流していただけではないのか?という反省があります。自分が発信する『言葉』について、もっと重く、大切にとらえるべきではないだろうか。逆に、受け取る側としても、きちんと『言葉』と出会う準備をするべきでした。

あふれる情報の中で私たちが発信する『言葉』があまりにも軽くなっているような気がします。『言葉』を書くこと、話すこと、伝えること、交流すること、そして協同すること、そういったことについて、もう一度見直す必要があります。

『言葉』をしっかりと届けていきましょう。そして『言葉』との出会いを大切にしていきましょう。そういったことが、私たちの意見表明権を行使することにつながるのだと思っています。

教師間のトラブルが起きないように……

来年から特に、教員の「強い指導」、緻密な実務力、そして「上」への忠誠心が求められるでしょう。そしてそれを徹底させるために、管理職による厳しいしめつけ、さらには、教師間の差別、できない職員に対して蔑む空気が、今よりもますます広がることが予想されます。

こういった職場の問題について、今までは教師個々が自分の問題として受け止め、自分自身を責めることで対応してきました。その結果、教師の精神的疾患が広がっているわけです。しかしこれからは、外に、攻撃的に向かう危険性があると思っています。それが来年あたりからかなと……。

傷害事件等、教師間のトラブルが多発する心配があります。子どもたちと教師のトラブルは過去にたくさんありましたが、教師間のトラブルはあまりなかったのです。しかしそれが多発する予感があるということです。それだけ現場がギスギスしてきた……。さすがの日本の教師もそろそろ限界かな、と。正直…、そんな悪い予感が当たらなければ良いと思っています。

※そう言えば、今年大阪で、シュークリームに毒を入れて食べさせたという事件がありましたね。事情がよくわからないので、これ以上は触れませんが、こういった事件が多くなってくるような気がするのです。

私たちは、つらい思いをしている仲間について、もっと心をくだくべきです。そして逆にもし、自分がつらい立場に立ったならば、多くの仲間に心をひらくべきです。それは、公的な付き合いだけでなく、私的な関係にまで視野を広げて、心をひらいていく必要があるのでしょうか。

必ず『言葉』は届くと思っています。

出会えない「言葉」

キザでへたくそな"恋愛詩"みたいになってしまいましたが、SNSのお話です。情報、言葉が軽くなり、なかなか届かないということを書きました。
↓↓

タイトル:言葉が届かない。

言葉と出会えない。

言葉は次々と表れては消え、
見えてはいるけれど立ち止まってはくれない。

ただ大きな情報の波の中に沈んでいくだけ。

拾えない、出会えない。

あなたの言葉と出会うために、
そして、私の言葉があなたと出会えるために、
これから何ができるだろう……。

かっこ悪いけどたよりになる先生に…

学級定数の問題、勤務時間の問題、指導以外の事務仕事の多さの問題、そして、指導しなければならない量の問題、とりわけ、教科指導だけでなく広い意味での生徒指導をまかされている問題、そしてそして……、こんなにもがんばっているのに、世間からはとても批判が強い問題。

こうした日本の教師の生活環境、職場環境は世界でも最も厳しいと言われています。特に、精神的疾患が多い問題については、やがて世界的な人権問題として問題になるかも知れません。

にもかかわらず、教育水準を戦後ずっとある程度維持し、時には、いち分野においてはトップにおどりでることもあるなど、日本の教師の力量については、世界では誰もが認めるところなのです。奇蹟に近いとさえ言う外国人プレスもいます。

日本の先生方、自身をもって胸をはりましょうよ!しかし一方では、謙虚に子どもたちや保護者に向き合いましょう。

いつまでたっても答えが出ない問題があっても、子どもたちや保護者のみなさんと、地べたを這いずり回りながら、ああでもないこうでもないと一緒になって頭を抱えることができるのが日本の教師のすごみだと思っているのです。

かっこ悪いけどたよりになる先生……。
かっこ悪いけど、何か気になる先生……。

そんな教師になりたいものです。

教育は、広く国民がオープンに語り合うもの。そのためにもこのブログは必要。

2004年から毎日ブログを書いてきました。来年は10周年でしょうか。最初はニフティーのココログからでした。おかげさまで、毎日楽しみにしているといったお便りもたくさんもらえるようになりました。

しかしここにきて、プログ閉鎖の最大の危機がきたと思っています。公務員だからといった理由で、教育現場のことを書くことについてイケナイ!という動きが活発になってきたからです。

特定秘密保護法案が実施されれば、国家機密でなくても、"公務員云々"といった空気の中で自己規制が広がるのは明らか。実はこれは二度目の危機なのです。その時も、同じ理由で辞めていく仲間がたくさん出てしまいました。

体罰アンケート問題で、教育委員会の取り組みを批判した時に校長室に呼ばれたことがあります。内容は「保護者から批判が来ている」でした。保護者から〜、というのは実は常套手段。だっていつもその保護者は匿名ですので。

教育は国民・子どもたちのものです。特定の党や文科省のものではありません。ゆえにオープンに語り合えるものでなくてはなりません。一方で個人の情報は守らなければならないしその情報がオープンになることで特定の誰かが傷つくことについても配慮されなければなりません。

とりあえず三つのことを考えています。

(1) 今までの記事を一冊にまとめる時期? 企画にのってくれる出版社はあるかな?こんな時代になってしまったからこそそういった本が大切かも。

(2) 記事にいっそうの配慮が必要。 教師としても社会人としても。

(3) それでも止められた時には地下にもぐってでも書き続ける気概が必要。とにかく今は、逆に書くことをやめないことが大切かと。

教師は日本の愛すべき「珍百景」?

学校の忘年会が終わり、あと予定しているのは、研究会と、高校時代の仲間との忘年会との2つになりました。今年は少なめ。しかしこの歳になって職場以外で忘年会ができることは恵まれているのかもしれません。

さて、教師は社会的な常識がないなどとよく言われます。学校の常識は世間の非常識などと言われる場合もあります。その非常識を発信しているのが教師だということになっています。

年明けに「学校珍百景」という本を発行する予定です。そこでは、学校に在籍している時には受け入れていたけど、今振り返るとつっこみ満載な学校での風景・文化について、雑談した本です。

たとえば……、先日久しぶりに聞いたのですが、朝会などで子どもたちを集中させるために「まだおしゃべりをしている人が10人います」ってやつ。絶対10人じゃないですよね。

実は私はこうした学校の珍百景を好きではありませんが、誤解を覚悟で表現すると、ある意味「愛おしい」のです。そもそも学校というのは「愛すべき珍百景」だと思っているのです。だから、おいおいって、つっこめる。

大人になるって言うことは、学校の珍百景から抜け出して、笑えること、つっこめること、そしてそんな珍百景な学校を、ある意味 "愛おしく" 感じること。つまり、まずく感じていた給食が懐かしくなること?

そして教師というのは職業でもありますが、ある意味、日本の珍百景な文化なのかもしれません。

始まった!教師のネット狩り

何が真っ当で、何がおかしいのかがわからなくなっている学校現場。真っ当な意見を述べることすら、空気を読め、自己規制しろという雰囲気に負けてしまいそうな毎日。

教師のSNS参加に対して不祥事として処分する情報が多発。内容によっては、確かにそれはマズイでしょ、といったこともあることは確か。しかし特定秘密保護法に関わって、みせしめ的に処分しているとして考えらない内容もあることも事実。

それはマズイという内容については、教師だろうが誰だろうが、共通にあてはまること。それは、教師だからという理由で取り扱うことによって、教師自身の自己規制をねらっている。

たとえば、教師のプライベートな旅行の様子をアップすることがなぜいけないのか?私のように、お上に対して異議申し立てをしているブログやつぶやきをねらうのではなく、まずそういったところから始めることで自己規制をねらう、というのが胡散臭い。

特定秘密保護法に反対もせず、自分は意見を書きつづけるといっていた教師のみなさんは今何を考えているのか。反対を訴え続けてきた私には、逆にとてもその自信がない。権力は恐がる必要はないが、甘く見てはいけないということ。

難しい方程式を解いているような毎日

2学期が終わった瞬間、まだ今年度は終わっていないのに、ものすごい達成感とうれしさ、同時に疲れを感じました。新しい学校に来て、ものすごく難しい方程式を解いているような毎日が続いています。

あらためて感じたのは、指導というのは、その学校のシステムや力関係の中でその質が決められていくということ。どんなに優れた力量を持った教師であっても、そのシステムや力関係の中でその力が発揮できない場合があるし、逆に、システムや力関係が良好であれば誰もが力を発揮できるということ。

だとしたら、その学校のシステムや力関係の分析と課題克服についての具体的な方針と対策を行っていかなければなりません。その作業は、毎日の指導の準備や実践と平行してなされなければならないということ。たとえば、なぜうまくいかないんだろう?と考える時に、その指導についてと同時に、その指導を規定しているシステムや力関係の課題について考えていかなければなりません。これはとても難しい方程式なのです。

自分が傷つきたくないから、傷つけ傷つき合いながらの毎日が続いているような気がします。自分は傷ついてもいいから、誰かの笑顔が見たい。そんなスタンスに立てたとき、今目の前の難しい方程式が解けそうな気がするのです。

現場を批判・攻撃するのではなく…

-----↓ここから↓-----
音楽講師に美術担当指示 高知の中学校長

高知県の町立中学校で4〜6月、男性校長(57)が指示し、20代の女性音楽講師に免許を持たない美術を担当させていたことが17日、県教育委員会などへの取材で分かった。校長は7月23日付で町教委から文書で厳重注意を受け「教育職員免許法に違反する重大な過失。反省している」と謝罪した。

県教委や学校によると、校長は3月27日、学校が小規模で、新年度に美術の免許を持つ教諭や講師がいなかったため、赴任のあいさつに訪れた女性講師に美術も担当するよう打診。講師は拒んだが、校長が説得した。
2013/12/17 05:17 【共同通信】
-----↑ここまで↑-----

なんじゃこの記事は?

そもそも美術の教員を配置しない教育委員会の責任でしょ。校長は困って困って、そうするほかなかったんじゃないのですか?「美術の先生を配置してほしい!」という声は、当然、ずっとずっとしてきたのではないでしょうか?

ちなみに…、ここ数年でかなり改善されましたが、数年前まで全国の中学校で、当たり前のようにこういった無免許問題がありました。地域によっては、高知のこの学校のように、現場の強い要望があるにもかかわらず、改善されていないところも残っているのだと思います。

ゆえに、校長に厳重注意する前に、県教委はもっとしっかりしなさい!と言いたいのです!!

本日2学期終業式

本日、2学期の終業式です。(本市は1校をのぞいて3学期制)

運動会、市内小中音楽発表会、修学旅行、絵画指導、T小フェスティバル…、目の回るような忙しさの中で、なんとか無事に2学期を終えることができそうです。

他校から本校へ、そして2年連続の6年生。老体にはとても厳しいのですが、子どもたちの笑顔をエネルギーにして、なんとかあと3ヶ月、しつかりと前を向いて取り組んでいこうと思っています。

この冬休みは、久しぶりにゆっくりしたい……。すべての講演・講座、学習会を断りました。そんな年があってもいいのでは?今まで、あまりにも酷使しすぎてきたのですから。

バランスよく担任が持てる学校に!

荒れる学校、教師が病気になる学校は、他の学年の教師や子どもに対して非常に冷たい、という特徴があります。そしてその矛先は、高学年の子どもや担任に向く場合が多いです。

高学年の子どもたちの態度に対して他の学年の職員から、もっとちゃんと指導してほしいという声……。それに対して、"それができれば苦労しない" という高学年の担任。お金を払ってもいいから休みがほしいという、高学年の担任からの悲痛な叫び……。

こういった学校は、やがて高学年の担任を誰もやりたがらなくなります。もともと指導が大変なのに、さらに批判・攻撃されるのですから当たり前です。「だったらやってみろ!」という気持ちになるのはわかります。やがて職員室は不仲でバラバラに。子どもたちはさらに荒れていくといった悪循環。

そう言えば、最近の小学校は、下の学年しかやらない人が増えています。高学年の担任をするのはいつも同じメンバー。これは明らかに学校運営の失敗ではないでしょうか?

私たちは、小学校の免許を持っているわけで、当然何年生でも指導できなければなりません。目先の批判をかわすことばかり考えている管理職は、バランスよく担任を持たせることができないようです。やがて職員室がバラバラになっていくことなど、きっと見通せていないのでしょう。

以前は、六年生を卒業させたら、4月から1年生の担任、というのは当たり前のようにあったし、私もその経験があります。今は、ほとんどの学校で、こういったことは考えられないのではないでしょうか。これは(低学年しかやらない教師や、高学年ばかり担任させらる教師がいる学校)、長い目で見た時、けっして良いことではないのです。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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