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「学級崩壊を立て直した」などと言わないでほしい

「学級崩壊を立て直した」などと宣伝文句に使っているカリスマ先生たちは、心は痛まないのだろうか?うまくいかなかった担任の前の担任の苦しみをどうとらえているのだろうか?

「学級崩壊」というのは、教師個々の力量の問題だけでなく、その力量を奪っている現場のシステムや力関係に問題があります。

教師個々の力量を十分発揮でき、また、高めることのできる職員集団にすることが大切。子どもたちに言うことをきかせること(学級を統率できること)が大切なのではない。

つまり、「立て直した」などと言っているあなたも含めた職員集団に問題があったことを忘れないでほしい。つまり、「立て直した」などと言っているあなたもまた、学級崩壊に加担していたという自覚が大切ではないでしょうか。

最後の卒業生だと思って……

今週の木曜日(20日)が卒業式。

卒業生を送り出すのは今回で9回目。新しい学校に異動していきなり6年生を担任したのは、3回目。

最近の日本の高学年の子どもたちの指導は難しい。そんな子どもたちと一日中一緒にいる小学校の担任は、ある意味中学校よりもきつい。そして、新しい学校に異動していきなり6年生を担任するのはやはりきつかった。

定年まであと4年。もう6年生を担任することはないかもしれません。

最後の卒業生だと思って、木曜日に子どもたちを送り出したいと思います。

現場に若い世代の声を

50代なのに、ベテラン禁制の学習会に呼ばれました。「学校づくり」をテーマにしたレポートを提案してきました。ベテラン禁制の学習会に50代の自分を呼んでくれてうれしいです。

若い世代の悩みは、子どもの指導はもろんですが、それよりも現場の人間関係。「育てる」という "超上から目線" での理不尽な指示や命令。従わないと「仕返し」や「嫌がらせ」ともとれることが待っているという現実。

学年教師集団の中での人間関係。できる・できないをやたらと気にする同僚たち。できないキャラを演じつつ、人間関係を維持していかなければならない苦痛。

上からの指示・報告の場でしかない、職員会議。指導をめぐるまともな討論が成立しない職員室。それでも発言しなければならないと思いながらも、発言したことでその後人間関係が悪くなることで仕事がやりにくくなると考え、口を閉ざす若い世代。

日本の学校現場の "コミュニケーション梗塞状態" を打破していく必要があります。どんな小さなことでも、若い世代が発言することで現場は活性化し、新たな共同が生まれるのだと思います。その第一歩を誰かが踏み出さなければ、とお話ししてきました。

「寂しい」ということ

卒業式は来週の木曜日。

一年間一緒に過ごしてきた子どもたちと別れるのは「寂しい」です。

教師がこんなに「寂しい」思いをしているのに、子どもはそうではない、という声を職員室でよく聞きます。

確かにそう感じます。

しかし、「寂しい」の「寂」の感じの語源は、「家(うかんむりで示される)の中に人の声がない」という意味。

つまり、寂しい思いをするのは、残された側だということは昔からのお話。

私は子どもたちを卒業させるのは今回で9回目。

いつでも、今の時期、寂しさをどうしようかと、思い悩むのです。

学級統率力批判(2)

学級を統率するとは、子どもたちの要求や声とは別に、統率者(教師)の「必要」で子どもたちを動かすことです。

指導は、子どもたちの要求や声との応答関係をベースにしますが、統率する為にはそういった応答関係は必要ありません。一人ひとりの要求や声を聞いていては、いわゆる「統率」がとれないからです。

一人ひとりの要求や声、つまり権利を無視して価値を押し付けるのは指導ではありません。それを「調教」といいます。

さて…、統率者は、効率よく “調教” する為に、次のことを大切にします。

○教え込まなければならないことを項目として整理します。難しいものから簡単なもの、重要なものから後回しでもよいものなど、項目ごとに順位をつけたりすることもあります。これも効率化をはかるためです。

○それぞれの調教項目を “いつやるのか” を重視します。その項目によって、効率よく教え込める時期があるからです。

○調教項目がスムーズに子どもたちの頭に入るように、場所や、その場所の環境を重視します。

○授業では、調教目的の網に入れる為の「しかけ」を重視します。その「しかけ」そのものにかからない子どもの発想は切り捨てられます。

こうした。調教主義は、かつて管理主義教育として批判してきました。そして、こうした旧管理主義教育は、やがて一時的に破綻しました。いじめ問題や不登校問題など、管理しきれなくなった子どもの問題が浮上してきたからです。

しかしながら、教育基本法が改悪され、個人の教育よりも、国の為の教育が叫ばれるようになった今、再び管理主義教育が巧妙に形を変えて広がりつつあります。

かつて、厳しくしつける旧管理主義教育から、いかに子どもを楽しませながら調教していくのかの新管理主義教育として姿を現したのです。そしてそれが上手にできる教師は、名人、カリスマとして重宝されるようになってきました。

注意しなければならないのは、新管理主義教育者たちは、自分が子どもの権利を侵害しつつ管理していることに気づいていないことです。そして私自身もまた、ふと、そういった新管理主義に陥ることがあるということです。

こうした時代であるからこそ私たちは、「立ち止まり」を重視しなければなりません。そして今進めている実践が子どもたちにとってどうなのかを、常に問いかけながら実践していかなければならない時代なのではないでしょうか。

学校が良くならないと子どもたちは良くならない

保護者のみなさん、一緒に最後に考えてみましょう!

私の考え方として、「学校がよくならないと子どもたちは良くならない」というのがあります。つまり、どんなに力のある教師が個別にいたとしても、学校全体がよくならないと、子どもたちはまっすぐ育ってくれないということです。

では、よい学校とはどんな学校なのでしょうか。

一つは、教師と子どもたちとが信頼関係で結ばれている、ということです。ここでいう「教師」とは、担任だけでなく、学校全体の教師、という意味です。ちなみに、教師と子どもたちとが信頼関係で結ばれているということは、当然教師と保護者のみなさんとの関係も同様である、ということです。

二つ目は、教師同士が世代を超えて意見を述べ合うことができ、力量を高めあえるという学校です。

三つ目が、“他の子を叱れる地域”であるということです。これは、実は大切なことでして、保護者同士のつながりがないとできないことなのです。また、このことは、中学校に行ってから、ますます重要になってきます。

さて、保護者のみなさんの学校を、この視点で振り返ってみると、どうだったでしょうか。良い部分もあり、足りない部分もあったかと思います。学校側も、大いに反省しなければならないことがたくさんあると思います。

保護者のみなさんも、学校をつくっていく担い手です。ぜひ、この三つの視点を参考にして、子どもたちのために一歩、踏み出してみてはいかがでしょうか。

教師集団の力に視点をあてる

「教師力」という言葉があるようです。教師として身につけなければならない力、教師として磨いていかなければならない力だと思うのですが、今の時代…、つらい言葉だと思っています。

教師個々の力量は一人では身につきません。また、身についた力量も現場の教師集団の力関係で生かすことができない場合が多いです。つまり、教師の力量は、教師集団の中で高められ、または逆に喪失します。

「教師力」を、「教師集団の力」と置き換えると、自分などはぴったりきます。教師集団の質が高まらない限り、教師個々の力量が高まったり生かされたりしないからです。

では、教師集団の質はどのように高ま(め)るのでしょうか。一つは、教師個々の権利と実践の自由を束縛しているものとの闘いが必要です。二つ目が、そのための協同・共同が必要です。

そして三つ目が、つねに弱い立場の声を大切にして個々が声を出すことが大切になってきます。教師の権利と自由を願うはずが、一部の発言者の権利と自由を得ただけで終わってしまっている実践が数多くあります。

教師が支配・管理されている学校は、その教師たちは今度は子どもたちを支配・管理することになります。結局、子ども側にたった(子どもの発想や願いを大切にした)教育実践ができなくなるということです。

「教師力」という言葉が、日本の教師個々をさらに追いつめることのないように、さらにその定義や実践を練っていくことが求められているのだと思います。

しおちゃんマン千葉県我孫子へ

我孫子の教育実践サークル「インディペ」学習会に招待されたので出かけます。

時:14日(金)19:00〜

所:けやきプラザ9F調理室

加費:無料

今回はベテラン禁制らしいです。

半は、「あるあるグランプリ」。

失敗談や職場でムカついたことについて交流します。

半は、しおちゃんマン講座ではなく、提案者として参加します。

私が提案する実践報告を、対等な関係で批判的に分析してもらいます。

ベテラン禁制の学習会に、50代の私がよんでもらえることにまず感謝。

「ベテラン」の定義があいまいなのは、おそらく、世代のことではなく、自分の自慢を上から目線で語り始める参加者を拒否したということかもしれません。また、政治的な発言をしてくる参加者が、若い人たちを引かせてしまうことの考慮もあるのかもしれません。

しかし、学校現場において、対等な関係で意見を述べ合うための学習会そのものが、こういった形でしか成立しないことに、今の教師同士のむずかしい関係性が出ていると思います。

ベテランは、若い世代にどう受け入れてもらうのか、という視点が大切。若い世代を育てよう、などという傲慢な態度は拒否されているということに早く気づきましょう。

お近くの方、興味のある方は、ぜひ連絡ください!

損得で生きるのではなく

最近の子どもたちは、もの事を損得でとらえます。そして人のために汗を流すことを損だととらえます。自分だけやるのはズルイと考えるのです。「ボランティアをすれば〜」といったシステムもボランティアを損得の問題に矮小化しています。

社会というのは損得では動かないということを教えたいのですが、残念ながら、経済最優先の最近の傾向の中で、ほとんどの大人が損得で動いているように見えます。子どもがそう考えるのはしかたがない、というところでしょうか。

ゆえに、ほめる・叱るの問題も損得でとらえがちです。ほめられることを得することだととらえる子どもたち。だから、見返り…、たとえば成績に反映させることをあからさまに要求してくることもあります。

一方、叱られることは損することだととらえるので、自分だけじゃないと、必死に言い訳をします。自分以外に叱られるべき友達を具体的に名前を出して言い訳することもあります。友達をかばう子は最近はほとんどいません。

なぜ彼は損することを承知で動いたのか…、なぜ彼は、得することを知っていてそれを選択しなかったのか…、そのことを選択したために、逆に苦労してしまったこともあるし、そういったことの方が多いわけです。だから人生おもしろい。

子どもたちに教えていかなければならないことは、生きていくことのおもしろさ、それはけっして楽したり得したりすることではないこと、苦労することも泣くこともまた生きていくことのおもしろさであることを教えたいです。



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沖縄でしおちゃんマン講座

◆日時 2014年3月29日(土)

◆場所 琉球大学教育学部102教室

◆参加費 500円(全生研沖縄支部会員無料)

◆日程・内容
09:30 受付
09:45 開会行事
10:00 しおちゃんマン講座(1)
大切な学び
〜授業そのものを子どもたちと共に遊ぶ発想で創りだす〜

11:45〜13:00 昼食

13:00 実践レポート分析

15:00 しおちゃんマン講座(2)
これからの原発教育
〜自律的な試み(授業づくり)を広げ、未来を拓くために〜

16:30 閉会行事
16:45 懇親会

◆主催
沖縄生活指導研究会
事務局(船越)⇒ funa21@wit.ocn.ne.jp

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カリスマを名のっている教師は教師としての苦悩や闘いをもつと語れ!

誰もが使える教育方法論はありません。教育方法は、それを利用する教師と子どもたちとの関係性に左右されるからです。つまり、その方法が使える関係と使えない関係があると言うこと。使えている事例はその方法がすぐれていると見るのではなく、その教師と子どもたちとの関係にこそ目を向けなければなりません。

しかし、カリスマ教師と言われている教師は、自分と子どもたちとの関係を語ろうとしません。どのような苦悩の上にその関係が作られたのかを語ってくれません。ただ、うまくいったように見える方法を語るだけです。

カリスマ教師から教えられる私たちはいつも悩みます。同じ方法をとっているのに、どうして自分にはできないのかと。そして思うのです。カリスマ教師だからこそできるのだと。だからこそカリスマだと。

しかしそんなことは(成功事例を聞くだけの)、教師の学びでもなんでもないことをそろそろ気づくべきです。

一方で、カリスマ教師だと言われている人は、もっと自分の苦悩を語らなければなりません。どのような苦悩と闘いの上に、今の方法が成り立っているのかを語らなければなりません。まさか、意図的に語らないことで自分のカリスマ性を高めようなどとは考えてはいないと思うので。

実践を語るとは、教師としての苦悩と闘い、生き方を語ることです。かっこ悪い自分の生き方を語れない人の話は、少なくとも私はその方法論の実践は信用しないことにしています。

学級おもしろ心理テスト風

「〜だとしたら、このクラスのだれ?」という質問をして、あとで、「その人はあなたにとって〜な人です」というように、心理テスト風に進めるトークゲームです。

高学年以上で行うととても盛り上がります。それぞれの学級の実態に合わせて、質問内容・診断内容を工夫してみましょう。すべての質問を終えて、診断結果の発表をしたときのやりとりをみんなで楽しく進めてください。

しかし、学級が信頼関係で結ばれたと判断できる時期に行いましょう。そして、いじめやひやかしの原因にならないように十分注意することと、そして実は科学的には根拠が無いことを最後に話すことも大切。

(例)

Q1.自宅の門番としてお願いするとしたらこの学級では誰?
⇒いざという時に、頼りにしている人。

Q2.夢:夜中にトイレに行きたくて目が覚めました。トイレに入ろうとしたら、なぜか先に入っていた子は誰?
⇒何かやろうとすると、必ずじゃまをしてくる人。

Q3.朝目が覚めて、普段は一緒に登校していないが、急に一緒に学校に一緒に行きたくなった人は?
⇒今は仲良くないが、実は仲良くなりたい人。

Q4.朝の校門の前で、ニヤニヤしながら待っていた最初の先生は?
⇒苦手な先生。

Q5.夢モード:旅をしていて崖から落ちそうになったときに、手を差し伸べて助けてくれたこのクラスの異性は?
⇒恋人にしたいタイプ。

Q6.夢モード:その二人で旅をしていると、田んぼに案山子がいました。その案山子は、魔王に人間から案山子に変えられてしまっています。その案山子はだれ?
⇒ぬけてるけど、たよりにしていて、にくめない相棒。

Q7.旅をしていて道に迷ったときに、道を教えてくれたお地蔵さんはだれ?
⇒目立たないけど、たよりになるやつ

Q8.夢モード:三人で旅をしていて、魔王の城へ。その魔王の顔はだれ?
⇒苦手で、恐いと思っている人。

Q9.夢モード:魔王に攻められて大ピンチ。その時、空からドラゴンが飛んできて助けてくれました。そのドラゴンは誰?
⇒自分の中のヒーロー。

Q10.夢モード:魔王を退治して宝箱をケット。ふたを開けてみたら、バァーと出てきた人は誰?
⇒KYだけど、大好きな友人。

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 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

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 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

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ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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