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本日終業式

本日一学期の終業式。

24年ぶりの2年生でどうなることかと思いましたが、なんとか無事に四ヶ月をすごすことができました。何よりも、子どもたちの笑顔に癒され、保護者のみなさんの励まし・ご支援に感謝しています。

子どもたちから学ぶっていうこと…、机上の考え方ではなく、具体的な場で感じることができた四ヶ月でした。今の低学年の子どもたちの体はどうなっているのかから始まり、少年期を迎える準備にとまどっている子どもたちの様子、そしてそれに対する教室での指導の方法など、いろいろなことを学ばせてもらいました。はたらきかけるものがはたらきかけられるということ…、具体的にわかりました。

明日から夏休みですが、日本の教師の忙しさは変わりません。ギアーを入れかえて、再スタートです。

安心できる管理

「安心できる管理」という言葉を、私は最近よく使っています。今の子どもたちは、あらゆる面で、競争と差別、孤独と不信、にさらされているような気がしてなりません。その中で、私たち大人が想像を絶する不安感に苛まれている子も少なくありません。

そこでまず、"安心できる管理" の中で保護すること。竹内常一先生は、「班にシェルター(避難所)」的な機能を考えるべきだとおっしゃっていますが、班に限らず、あらゆる面でまず保護しなければならないと考えています。

その「安心できる管理」が、大きなおせわ、うざい、等々にならないために子どもたちと一緒に行動のあり方について応答関係(公的応答、私的応答、その中間の関係での応答)の中で明らかにしていく必要があります。

その子のまわりに、どんな関係を見通すのか、その時の教師の立ち位置、その子と集団との関係をどう切り結ぶか、あるいは、つながることを猶予するのか……、そういったことを考えていくのが「学級集団づくり」であり、自治の指導の切り口だと考えています。

役に立たなくても一緒に悩める教師でいたい

子どもがいうことを効かないのは、全て親が子どもに手をかけていないからだと、本気で考えている教師は思いのほか多い。中には "親の愛情不足だ" と平気で言ってしまう教師も…。でもそんな教師を責めないでほしい。それほど教師は追いつめられている…。

子どもが教師の思い通りにいかないことは、教師と子どもの関係として考えたい。子どもに家庭の事情があるならば、それを知ることで子ども理解につとめたい。けっして保護者を責めてはいけないのではと…。

保護者の責任にしたり、責めたりするのではなく、答えは出せなくても、役にたたなくても、保護者と一緒に悩むことができる教師でいたい。最近特にそう思う。

Pepper(ペッパー)ほしいなぁ〜

ソフトバンクの、Pepper(ペッパー)……、ほしいなあ。値段も20万円を切るようだし……、新しいパソコンの購入を考えるなら……。

http://www.softbank.jp/robot/special/shiratoke/

アトム&鉄人28号世代です。まさか生きているうちに、ロボットと暮らせるとは思っていませんでした。

ただ、機種変更になった時に、情が移ってしまうのではないかと……、そんな心配をするのも楽しみの一つかも。

来年の2月に販売開始の予定だそうです。

教育への行政的な指導・介入が異常な忙しさを生み出した

旧教育基本法第10条では、
「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである」
と定めていました。

これに対して、新法の第16・17条は、「教育はこの新教育基本法及び他の法律に定めるところにより行われなければならないと」と改め、国と地方公共団体の教育行政はその教育の振興を図るために、 "「教育振興基本計画」を立てなければならない" と定めました。つまり、教育全体に対する「行政的な指導・介入」を可能にしたということになります。

この改正にもとづいて、国と自治体の教育行政は、教育の全領域に介入し、「行政指導」を通じて教育内容をつぎつぎと改編すると同時に、そこに新しい競争のルールを持ち込み、「教育の競争化・市場化」を矢継ぎ早にすすめ、教師と子どもと保護者をその支配下におきました。

これが教師と子どもたちに、異常な忙しさを生み出している原因ではないでしょうか。

ところがこの「行政指導」の質が、首をかしげるものばかり。説明責任とアリバイ作りをどうすればよいのかの指導(これは主にアンケートに多く見られる。最近アンケート、多くありませんか?)と、「授業時数を増やせば学力が向上する」と思い込んでいる学力向上のための指示。最近では、民間の進学塾と連携して教師を研修させたりしている地域も出てきた。これは市場化との関わり。

あとは、目標を達成できない子どもをどう切り捨てるのかの対策……。このままでは日本の教育が……。


<改教育基本法>
(教育行政)
第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
2  国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
3  地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
4  国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。

(教育振興基本計画)
第十七条  政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。
2  地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。

改正教基法2条は憲法26条と矛盾しないのか

憲法26条には「教育を受ける権利」がうたわれています。

これは、子どもたちは、国家が強制する教育を受動的に受ける「義務」ではなく、自分たちの生活の必要から教育を改造することを要求し、その教育を請求する権利がうたわれているものです。

それに対して、2006年改正教育基本法第2条は、旧法2条「教育の方針」を、「教育の目標」に変え、目標として達成しなければならない五つの項目を掲げています。これは、「権利としての教育」から、「強制としての教育」に方向を変えたことになり、憲法の精神と矛盾しているように思えるのですが、どうでしょうか?

☆旧法2条「教育の方針」
この(教育)目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に努めなければならない」

★改正法2条「教育の目標」
教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するように行われるものとする。
1.幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2.個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
3.正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
4.生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5.伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

いつのまにか、教育を受ける権利が奪われていたようです。

トラブルを起こす権利

友達とけんかすることも子どもたちにとっては学び。つまりトラブルを起こすことも、ある意味、子どもたちの権利だったはず……。

トラブルを起こす権利さえ奪われている子どもたち。その結果、トラブルの解決の仕方や、教訓を得る方法など、トラブルに関するほとんどのスキルを子どもたちは失いました。陰湿ないじめもこのことと無関係ではないと……。

教師も含めた大人は、子どもたちのトラブルに一方的に介入し、大人同士のトラブルに発展したり、お互いに不信感を持ってしまうことも少なくありません。

私たちは勇気をもって、子どもたちのトラブルを起こす権利を保障しなくてはならないようです。そして教師は、そのトラブルをどう解決し、そしてどうみんなの教訓にしていくのかを、子どもたちと一緒になって考え、学んでいかなくてはならないことを最近特に思います。

「らしさ」。

「らしさ」を持っている教師は強い。子どもたちの「荒れ」にも、職員室のマイナスな雰囲気にも、けっして負けることはありません。

「らしさ」を失い、自分を失う教師は、子どもたちとすれ違い、なぜか一生懸命足並みを揃えようとしていた仲間たちともすれ違います。

上の世代は、若い世代の「らしさ」を奪わないでほしい。たとえそれが、失敗を予感させるものであっても、「らしさ」を発揮している若い世代を支援してほしいのです。子どもたちは、その先生の「らしさ」に信頼を寄せるのだと思うからです。

「我慢」の教育??

教育改革国民会議の資料に、「・遠足でバスを使わせない、お寺で3〜5時間座らせる等の『我慢の教育』をする」とあります。

バスを使わないとか、座らせるとかいう話は論外なので触れません。むしろ体罰に近い。

みなさんと一緒に学んでいきたいのは、今の子どもたちを「我慢ができない子どもたち」ととらえ、「我慢をさせることが教育だ」と考えてよいのか?ということです。

確かに今の子どもたちは、なんても自分の思い通りにいく、思い通りにいかないのはまわりが悪い……、まわりが自分のためにいろいろ手を尽くしてくれないからだ、と考えているフシがあります。だからつらいことがあれば、逃げ出したり、ごまかしたりする傾向もあります。時には、外に向かって攻撃的になったりもします。

だから「思い通りにいかないから我慢しろ」と教えなさい、ということでしょうか……?うん、やっぱり違う。これでは、いじめをうけた時にも我慢しなければならないことになってしまう。

「今の生活を向上させていくためには、こうした方が良い、と考えていても、我慢して何も言うな!」ということでしょうか?意見を述べたり、異議申し立てをすることも、我慢ができないことだととらえるのでしょうか?

そうではなくて……、我慢を教えるのを教育だととらえるのではなくて、思い通りにいかない時には、それをどう乗り越えるのかを考える力、どう行動していけばよいのかを考えて実行できる力、をつけることが教育だと思うわけです。

教壇

教育改革国民会議の資料に、「教室に教壇を復活させ、教師の人格的権威の確立云々…」という文章があります。

教壇って、教師の人格的権威のためにあったことを初めて知りました。てっきり、子どもの黒板係が黒板の上の部分を消すためだと思っていました。そしてなくなったのは、危険防止のためだと……。

教壇を復活させれば教師の人格的権威が確立する??上から子どもを見下ろせるっていう意味なのでしょうか?だとしたら…、上から見下ろせば自分が優位に立てるという猫と同じだ……。

教師の指導者としての確立は、子どもがいかに教師を信頼するかにあります。信頼するからこそ言うことを効いてくれる。その信頼関係を行政が次々と崩しておいて、いまさら教壇を復活させてその権威を取り戻そうなんて……、現場との、あまりのすれ違いの大きさに、めまいがしてきそうです。

いよいよ御墨付き?

教育改革国民会議、平成12年の会議の資料を見て、「やっぱり」と思いました。そこには、

「・子どもを厳しく「飼い馴らす」必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう」

とありました。だれかが発言した記録だと思うのですが、それがきちんと記録されてサイトで公開されているということは、教育改革国民会議の総意だと思います。

以前から私は、最近の教育は、

"子どもを調教し、学級を最適化しつつ統率しようとすることばかり考えている"

と言ってきましたが、どうやらそれはお国の御墨付きになるようです。

他にも、

・「ここで時代が変わった」「変わらないと日本が滅びる」というようなことをアナウンスし、ショック療法を行う
・バーチャル・リアリティは悪であるということをハッキリと言う
・教壇を復活させることなどにより、教師の人格的権威の確立させること
・遠足でバスを使わせない、お寺で3〜5時間座らせる等の「我慢の教育」をする

等々、刺激的な教育方針・方法がならんでいるので、興味のある方は、検索してみて下さい。

通知表

三学期制の学校は、通知表を作成する時期になりました。

通知表は法定表簿ではないので、実はその作成は学校の任意です。したがって、通知表のない学校もあるようです。

呼び方は各学校によって、通知表(票)・通信表・通知簿・通信簿…、また、のびゆく子・あゆみ・かがやき・のびゆくすがたのようなタイトルをつけている学校もあります。

ちなみに本校は、 "通知表「あゆみ」" です。

さて、作成を続けます。

若い教師のやる気を削ぐ現場

ある地域で聞いた話。

20代の担任が、学級通信を発行する前に「上」に見せろと言われて、見せる度に真っ赤になって返ってきて…、一体誰の文章だかわからなくなったという。

ある日、「もうやめました」というので、「上に見せるのをやめたの?」と聞いたら、「いや、発行するのをやめました。」と答えたので悲しくなったそうです。

日本の学校現場は、明らかに若者のやる気を削いでいる。

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 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

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 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

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ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

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ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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