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Windows10 と格闘

ずっとずっとMacを使っていた私ですが、このたび、Win機に乗り換えました。

使っているMacBookのサポートが終了してしまったことと、最新のOSは入らなくて、次々とソフトが利用できなくなってきたことが、新しいマシンを購入しようと思ったきっかけ。

そしてWin機にしたのは、Macは高いことと、教育委員会のサーバーとの相性が悪いことが理由。

調度OSが、8.1から10にアップグレードする時で、購入と同時にアップグレード。何冊も本を準備してさっそく設定にとりかかったのですが、予想以上に苦戦。

特にメール設定で、いまだにつながらないアカントが一つあります。メールが使えないので、利用するリズムがつかめず、なかなかしっくりしなくて、ストレスもたまるいっぽう。

使いつづけることができるのだろうか?本気で心配になってきた。

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新しいパソコンがやっと届きました。すぐに、Windows10にアップグレード!
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インテル Core i7-5500U プロセッサー (最大3GHz, 4MB)

初期導入OS Windows 8.1 64bit

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メモリー 8GB PC3-12800 DDR3L (オンボード)

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正義を語る時ほど謙虚に

吉野弘さんの詩「祝婚歌」に、

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正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
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という言葉があります。すごく共感します。

常に他者に敬意をはらい、その考え方を尊重し、そして応答し、他者理解を深めていくことが大切だと思っています。

子どもに接する時でも同じだと思うわけです。

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第57回全生研全国大会福岡大会を終えて

8月8,9,10日に北九州市立大学で開かれた、第57回全生研全国大会福岡大会が、700名の参加で終えることができました。

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今年もたくさんの刺激と出会い、発見がありました。現地で準備をしてくださった福岡支部のみなさん、大会に参加されたみなさん、大会に参加できなくても、支援してくださったすべての会員のみなさん、たくさんの学びをありがとうございました。

一般分科会、「荒れ・暴力・いじめ」の指導と集団づくり<小学校>の分科会では、北海道、大分からの「荒れる」子どもたちをめぐる集団づくりの実践報告がありました。荒れる子どもたちをどうとらえ、学級の仲間とつなぎ、それを自治へと導いていくのかを、具体的な実践報告を通して学ぶことができました。

また、担当の折出先生から、次のような言葉を紹介してもらいました。

『子どもたちは毎日、家庭や社会の矛盾をランドセルに詰め込んで、登校してくる。』

折出先生によると、この言葉は、全生研発足前の、生活綴方系の教師の言った言葉とされているそうです。それを「生活認識」という概念で、城丸章夫先生が積極的に引き取った言葉だそうです。あらためてかみしめた次第です。

テーマ別分科会では、「決めること」「自治のイメージ」について、刺激的に鼎談することができました。参加者のみなさんとも集団づくりの脱構築について、それぞれの実践を出し合いながら語り合うことができました。

大会基調提案の学習や、総会の場面では、正義や平和への願いは、それを語り、広げようとする時こそ慎重に、そして謙虚でありたいと思いました。そして、わからない・できないという声に対してこそ敬意を表しつつ、耳を傾けることの大切さを、若い参加者の発言から学びました。

さらには、先頭に立って声高に叫び、行動することだけが研究運動ではなく、

自分の身の丈でいいから…、
自分の言葉でいいから…、
小さな声でもいいから…、

つぶやきつづけることを大切にしていきたいと思いました。そこから勇気と仲間が生まれるのだと。

以前、同じようなことを城丸先生もおっしゃっていたことを思い出しました。それは、口を封じられても大丈夫。独り言でもいいからつぶやき続けなさい、独り言は誰にも止められないから…、と。

学校現場に…、子どもたちの身の上に…、大きな大きな矛盾が押し寄せてきています。しかもその矛盾は子どもたちには(保護者にも、そして教師にも)なんの罪もありません。私たちはその背景にあるものの正体を暴き続け、それに向かって身の丈で激しく、かつ謙虚に、教育活動をすすめていきたいと決意しました。

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本当に誰もオカシク感じないのか?

同じことを「連続して」行うことが子どもたちの不安やとまどいを払拭し、中一ギャップや小1プロブレムを乗り越えることができる、といった考え方…、いわゆる「学びの連続性」。

同じことをすることで(似たような環境にすることで)不安を解消するといった考え方は、逆に、「同じでないと不安になる」子を(教師を)育てることにならないのか?

人生、環境の変化の連続ではないのか?
「だって、前の会社ではこうやってたもん!」
などという言い訳をする若者を育てるのか?

今、私たちが子どもたちに育てなければならないのは、環境が変わっても、それを仲間と一緒に乗り越える力ではないのか?

板書のチョークの色から掲示物の貼る場所、子どもの頷き方まで小中で一緒にしていこうとすることの「おかしさ」を、本当に誰も感じないのだろうか?

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話を伝えるための工夫

安保法案に反対する若者達の演説スタイルを見ていて、片手にスマホを持ちながら話をしていることに気づいた。「今どきだな」と感心した。同時に、演説原稿はどんなアプリを使っているんだろう?と興味を持った。

磯崎議員の謝罪で、紙を見てそれを読んでいるだけであることが批判されているが、ちなみに国会ではスマホの持ち込みは禁止なのだろうか?と、余計な疑問・興味がわいてきた。

授業以外にも立場場上、大勢の前で話をする機会が多いのだが、話すためのメモをどうするか?という問題はかなり重要。参加者に配布する資料、提示する資料(プレゼンソフト映像含む)、自分のためのメモと、きちんとわけて考えなければならない。

小泉進次郎は、国会で質問する時に、バネルを利用するのをやめたそうだ。目が不自由な人のことを考えてのことらしい。その分、言葉を大切にしているということ。簡潔に、わかりやすくを心がけているとのこと。

池上彰さんが、伝えることの技術の本で話題になったが、なぜかあの本の中身が思い出せない。自分にマッチしてこなかったということか?今の時代、伝えること、広げることの技術が、新たに注目されているのでは?

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学級定数の引き下げと一致させて教師を増やす

私が何年も何年もブログやツイッターで言い続けてきた教師の理不尽な忙しさが、最近やっと市民権を得てきた感じがします。思想信条を超えて、教師を増やすべきという意見が広がっています。

文科省の調査によると、文科省や地方教育委員会からの調査や指示に対応するこに一番多忙感を感じるということ。これも以前から指摘してきました。
「子どものことは扨置き」
http://shiozaki.blog48.fc2.com/blog-entry-2708.html

気になるのが、保護者対応が多忙感の2位になっていること。このことについても実は書いてあります。
「学校・教師と地域・保護者との「和解」」
http://shiozaki.blog48.fc2.com/blog-entry-2599.html

教師を単純に増やすのではなく、ぜひ学級定数の引き下げと一致させて増やしてほしい、その方向で考えるべきだと考えています。一クラスの子どもの数を減らすことと教師を増やすことを一致させることが大切だと考えています。

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最初に活動ありき

集団の討議は、「良い子の価値観」に流れやすく、それが多数派になった時点で「良し」としてしまいがちです。

また、学校の管理に飲み込まれている教師はそのことに気づかないことが多く、子ども集団が自主管理しているように指導しているつもりでも、管理主義と一体化しやすい危険性もあります。

学校が民主化されない限り、学級集団の民主化などあり得ないと考えています。思いやりと団結に満ちた学級など教師の自己満足、錯覚・幻想に過ぎないのではないでしょうか。自主管理のように見えるのは、教師に飼いならされた班長が集団を管理しているだけな場合も多いのでは?

組織が活動を生み出す構想は危険であり、逆に自治に遠回りです。活動(学び含む)が組織を必要とする構想を持つべきです。

最初に組織ありきではなく、最初に活動ありきという構想を。

活動を生み出し、保障するための組織を。

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ビックでないデーターを大切に

最近民間の企業でビックデーターに頼らない手法が注目されているようです。ビックデーターというのは、広い要求に応えているようで、実は大きすぎて個々の要求に応えるためのデーターにならないことがわかってきたからです。

実は、教育こそビックでないデーターを大切にしなければならない仕事・活動であることは、このブログでも言葉を換えて言い続けてきたつもりです。

たとえば……、入学式で使用される紙袋は全国統一です。そしてその袋のデザインは、桜が咲き終わった地域、これから咲く地域、おかまいなく統一して桜の並木のデザインです。こういったことはおかしいと誰かが言わなければならない。

今目の前の子どもの声に耳を傾けなければなりません。全国一斉学力テストの順位を上げることではなく、目の前の子どものために、わかる授業をしなければならないということです。

そんな当たり前のことに、そろそろ教育界も気づかなければならないのではないでしょうか。

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先生がいなくなっちゃった

近所の子どもが母親に「2年生の先生がいなくなっちゃって…」という話をしていた。話しているのは3,4年生。「えっ?」と聞き返す母親。すると「子どもがいなくなっちゃうから、先生がいなくなっちゃった」とさらに説明するがなかなか意味がつかめない。

どうやら、2年生の子どもたちが教室から出ていってしまうくらい学級が荒れて、その担任が療養休暇、あるいは退職してしまった、という話らしい。

ここで考えなくてはならないことがいくつかあります。一つは、こうした学級崩壊が低学年にまで広がってきていること。もう一つは、ひと昔前だったら、学校中の問題になりそうなことが、地域に知られていない、この母親が知らなかったということ。

地域の話題にならないという問題は、こういった問題がアタリマエになってきて大した問題ではなくなったということと、学校側(管理職)が自分たちの評価に関わるので、隠す(話題を避ける)傾向にあること。

学校によっては、同僚、場合によっては同じ学年の担任までも退職直前まで知らなかった、ということも珍しくないのではないでしょうか。それだけ隠したり、個人の問題にしたりする……。

みんなで解決しなければならない時期に隠したり、担任個人の問題にしたりするのだから、こういった問題が解決できるはずがないということです。

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身近に振るわれる暴力

全生研全国大会福岡大会(8/8,9,10)で「荒れ暴力いじめ」の指導と集団づくりについての分科会の担当をします。

最近の「暴力問題」の特徴は、それがより身近な者に対して振るわれる傾向にあるということ。そして場合によってはそれが命のやりとりにまでなってしまう……。このことをどう考えるのか、という問題。

J・ギリガン(元ハーバード大学・精神医学者)によると、暴力を起こす者たちのきっかかけは、見下されたバカにされたことだという。そしてそこで失われた誇り尊厳自己肯定を取り戻すために暴力行為にはしるということ。

また、自己肯定感が低い者ほど他者からの尊重に依存するので、その尊重を強要するために暴力行為にはしることもある。

本来、避難場所でありケアーされなければならないはずの身近な関係が、自己肯定感が育たなかったり、見下されたりする関係になってしまっている…、日本がそんな社会になりつつある、ということかもしれません。

また、身近な者を見下すことでしか自分の存在を確認できない社会だとしたら、その悪循環をどこかで断ち切らなければならないことになります。

暴力やいじめに頼らなくても、自分が自分でいることを受け入れてくれる関係は、今の日本社会のどこにあるのか、という問題は極めて深刻な問題かもしれません。

(福岡大会 17分科会 折出健二氏の基調提案を参考にしました)

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明日から福岡

8,9,10日の三日間、全国生活指導研究協議会の全国大会です。今年は福岡県北九州市。北九州市立大学で開かれます。

飛行機が嫌いなので、新幹線で行くことにしました。まずは小倉へ。そこからモノレールで大学前まで。

今年の一般分科会の担当は、「荒れ・暴力・いじめ の指導と集団づくり 小学校」です。北海道と大分からの実践報告を分析します。

テーマ別分科会では、「集団づくりの理論から学ぶ」の分科会で、20分間問題提起。

今年はどんな発見(学びと出会い、そして "自分発見" )があるのか楽しみです。

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ふたつの「ゆ」

先日、電車の中で経験したお話。

目の前の席が空いたので座ろうとしたら、横から猛烈な勢いで中高年の女性が走ってきたので、譲ろうとしたら、向かい側の席も空いたので、女性はそちらに、これまたものすごい勢いで座りました。

その女性は、機嫌悪そうに顔をしかめて汗を拭いています。すると荷だなに置いてあった若い女性のリュックから、急にペットボトルが落ちてきて、その中高年の女性の頭に当たったのです。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
と気遣う若い女性に対して、ものすごく大袈裟に痛がって、
「気をつけてよ!」
と怒る中高年の女性。

そこまで怒るほど痛くないだろう…、と、まわりの誰もが思いました。車内はとても嫌な雰囲気になったのです。

『ゆずる』『ゆるす』の「ふたつの『ゆ』」が頭に浮かびました。

当たり前のことかもしれませんが、『ゆずる』気持ちの余裕がない時は、『ゆるす』こともできないんだな、と。

一方で、中高年の女性をそこまで機嫌を悪くさせていたことって、そもそも何だったんだろう?って。教師が、そして日本人全体が、余裕無く生きているような気がしてなりません。

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 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

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 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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