FC2ブログ

高学年の実践課題

▼内田良先生講演会(3/26)
 http://kokucheese.com/event/index/362733/



27日土曜日の午後、大田区蒲田で実践講座を依頼されています。確か、組合主催だと思います。そこで与えられたテーマは高学年の指導。そこであらためて、高学年の実践課題につい考えてみました。


高学年で大切なことは、今までの自分を見つめる目…、場合によっては今までの自分をくずすこと、そして仲間の中で新しい自分をつくっていくことだと考えています。そのためには学級の中で…


(1) 親密な仲間関係を保障していく。たとえば、女子の私的グループを否定的に見ない。その中で、自分を見つめなおし、新たな自分づくりについて支援する。


(2) 学級・学校のルールについて自分たちの視点で批判的に見直すこと。そのための学びを保障していく。


(3) 以上、対話討論討議、社会に拓く学びの中で実践していく。


こういった視点で、具体的な実践を通して話してみようかと思います。


しおちゃんマンの本!!
学校珍百景-「学校あるある」を問い直す
学校珍百景
amazon.co.jpで購入
amazon

自己責任主体?

▼内田良先生講演会(3/26)
 http://kokucheese.com/event/index/362733/


今度の道徳教育の指針で出されている「主体的な人間(自己責任主体)を育てる」って、どういう意味だろう?


何に対して「主体的」なのかが問題なのか?


自分で判断したことについて、それがたとえ操られた決定であっても、いかにも自分で決めて、自分で納得したようにすることなのか?


誰もが持っている、幸福になる権利を、自己納得によって奪うということか?


だとしたら、道徳問題はそれ固有の問題ではなく、学校の複線化問題とセットということになりそうです。


しおちゃんマンの本!!
学校珍百景-「学校あるある」を問い直す
学校珍百景
amazon.co.jpで購入
amazon

心を開く問題

▼内田良先生講演会(3/26)
 http://kokucheese.com/event/index/362733/



最近の子どもは大きな声が出ないという報告を先日書きました。


その原因を、大きな声を出す経験値の不足と書きましたが、他にも重要な問題があります。それは、裸の自分を見せることの恐怖と不安です。


裸と言っても、もちろん衣服を着ていないことではありません。本当の自分というか、人には見せにくい自分というか、そういった自分のことです。


しかしご承知のように、そんな自分を見せる機会などほとんどないわけで、もっと言えば、そんな自分を見せる必要もないわけで、この件で言えば、見せたくない自分を見せることになってしまうのではないかという不安が問題なわけです。そういった不安障害が今の子どものほとんどが持っています。


大きな声を出すと、批判的ことがささやかれたり、友達関係で排除の対象になるのではないかという不安が今の子どもたちには私たちが予想している以上に大きい、というか、沁みついているのです。


解決策は簡単です。一緒になって大きな声を出してしまえばよいのです。はい、「一緒になって」というのがもこういった課題を乗り越える大切なキーワードです。


しおちゃんマンの本!!
学校珍百景-「学校あるある」を問い直す
学校珍百景
amazon.co.jpで購入
amazon

嫌われる教育批評

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


国家がますます右傾化し、それに伴う日本の教育は、子どもたちや教職員をどんどん追い詰めるものになっていくのがわかります。


戦後、子どもたちの側に立った教育実践を提起してきた勢力は勢いをなくし、現場の教師がとびつくのは、すぐに利用できる方法論であったり、子どもがとびつく突飛なアイデア授業であったりします。


ちなみに、こういった「とびつく授業論」(塩崎造語:2015/02/11)は、国家主義的教育政策に簡単に利用されることがあるので十分注意が必要です。


教育大学系の実験授業は、新自由主義政策によって生まれた格差や、苦悩する子どもたちや保護者の声に届くこともなく、経済的安定の上に立った子どもたち対象の教育実践を展開しているので、参観者が現場に返った時に「うちでは無理」という言葉をつぶやくことになります。


フリースクールの予算化、幼少中連携、中高一貫、633制の見直し、学校スタンダード問題、これらはすべて、学校制度複線化への動きでつながります。


はい、国家・文科省は着々と、学校制度の複線化をベースにした、国家のための人づくりのを進めています。そのためには、現場で話題になる小さなことなどいくらでも妥協する、といったスタンスのようです。


話が分かる文科省が出てきたり、教員の不祥事問題が続けて報道される時期は、国家が教育においいて大きな改革をねらっている時なので注意が必要です。


そんな中、個人としての自分に何ができるのか、悶々としています。自分には似合わない講座形式の学習の依頼は2/27の大田区の組合の学習会を最後にすべて断っています。断る、というか、何をしていいのか、おろおろしている、といった表現があっているのかもしれません。


そういった意味で、全国を講座で回っている若い人たちの中で、反骨精神のある実践家をさがしているのですが、残念ながらまだ出会うことができません。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

大きな声が出ない最近の子ども

六年生を送る会での演技の練習が始まります。最近特に苦労するのが、子どもたちに大きな声を出させること。歌ではなんとか出ますが一人でしゃべるせりふではなかなか声が出ない。体育館での演技なので、声が出ないと話にならない。


最近の子どもたちはどうして大きな声が出ないか…、それは声を出す機会を大人が奪っているから。静かにしろ、まわりに迷惑だ、そんなことを日常的に言っておきながら自分たちの都合のいい時だけ大きな声を出せ、では子どもたちも戸惑うでしょう。


いやそんなことはない、教室ではその場に応じた声で話すことを指導してます、などと言う人がいますがそんなことを言っているのではありません。興奮してテンションガ上がって思わず大きな声を出してしまったり叫んでしまったりする経験を奪っているということです。


コントロールするためには、コントロールするもののエネルギーが存在していなければならないという事です。大きな声を出すとはどういうことなのかがわからない子がその場に応じた声を出しましょう、などと言われてもできるはずがないということです。


静かな子を落ち着いている子、良い子と評価するのが日本の学校。そもそもそういった評価についても見直す必要があると、ずっとずっと思っています。


しおちゃんマンの本!!
学校珍百景-「学校あるある」を問い直す
学校珍百景
amazon.co.jpで購入
amazon

今のシステムでの学級は必要か

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


いつ頃からだろうか。首都圏の小学校の多くが、毎年クラス編成替えをするようになったのは。


昔は、1-2、3-4、5-6年と「持ち上がり」という表現されるように、担任は変わることはあっても子どものメンバーは変わらないのが普通であった。それがいつしか、多くの学校が毎年クラウ編成替えを行うようになった。


理由は、学級内のいじめ・迫害をはじめとするトラブルが、以前に比べてなかなか解決しないことと、それが保護者間の地域でのトラブルにまで発展することが増えてきたこと。また、担任と子どもたち、担任と保護者との関係も、うまくいかないことが多いこと。これらのことをふまえて、一年でリフレッシュという発想である。


そういった傾向に対して、民主的教師を自称する側から反対が強かったように記憶している。学級づくりは一年間では成就しないとか、子どもたちの仲間関係の広がりを妨げるとかいった理由だったと思う。


それに対してわたしは、そんなふうに、一年間ごとにかえるだとか、かえないだとか決めてしまうことがおかしい。その年その年でどうするか話し合えばよい、などと一見無責任な立場をとったので、左右両方から叩かれた覚えがある。


しかし実はいまだにその考えは変わっていなくて、逆に、まさに今こそクラス編成について、大胆な改革があってもよいのではないかと思っている。生活を学ぶ場としての学級なのか、学習集団としての学級なのかという視点で。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

学校は楽しい・楽しくない、そして気疲れ

いわゆる「学校評価」と呼ばれているアンケートの集計が出ました。おかげさまで、1000名規模の大規模校にも関わらず「学校が楽しい」と回答する子どもたちが100%に近い学校です。若い職員たちは本当に頑張っています。


しかし、教育という仕事は、アンケートでは評価できないと考えています。楽しいという中身について、十分吟味しなければなりません。しかしその吟味も、「楽しくない」ということからスタートするよりははるかに良い。ただし、難しい。


さて、高学年以上の子どもたちにとっての学校は、 "楽しいけれど疲れる" 、ということらしいです。疲れるとは、塾や習い事で疲れている上に学校でやらなければならないことがたくさんある、といった物理的・身体的な疲れと、もう一つは気疲れだそうです。


それは、まわりに合わせなければならない気疲れ。また、集団の中で自分をどの程度の場所に位置づけるのかの気疲れ…、つまり「キャラ立て」の疲れ。しかしそういった気疲れは、今の子どもたちは楽しいことでもあるらしい。 "大変だね" なんて言っているのは大人のおせっかい。


しかし、みんながみんかな楽しめるわけではなく、そういった仲間関係の気疲れの中で、本当に疲れ切っている子もいるわけです。それを見逃してはいけないと思うわけです。多くの子どもたちのノリの中で、すべての子どもたちを見てはいけません。


少し大雑把な提言ですが、若い職員は、自分の職員室での人間関係とダブらせてみると、少し子どもたちの思いが見えてくるかもしれません。子どもたちもみなさんと同じ時代に生きている若者の一人だと。


しおちゃんマンの本!!
学校珍百景-「学校あるある」を問い直す
学校珍百景
amazon.co.jpで購入
amazon

教員評価制度で増えたもの

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


教員評価制度がやられるという話が出た時に、私はこのブログでも真っ先に反対しました。新聞にもこの件について、反対意見を述べました。


それに対して、民間では当たり前だの、教師の質の向上や学力向上、学校の活性化につながるなどの意見が、民間の人よりもむしろ学校関係者から出されました。民間の方からは逆に、学校にはなじまないのではないか?という意見の方が多かったように思います。


さて、そろそろ総括しましょうよ。


積極的に導入するべきだと主張していた皆さん、教員の質は向上したでしょうか。評価制度以前よりも学力は向上したでしょうか。学校は活性化したでしょうか。


増えたのは、パワワラと、不登校、そして教師の精神的疾患ではなかったのか!?


当時の推進者たちは、弁明し、即刻廃止の方向で声をあげてほしいものです。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

道徳問題のさらなる研究を

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


道徳の教科化に向けていろいろな研究団体がそれぞれの方法で研究やメッセージを発信し始めているけど、表現は適切かどうかはわかりませんが、あまりはしゃぎすぎるのはどうかと思います。


特に、道徳の教科の指導をどうするかというアプローチは、本質を見失うのではないかと心配しています。いったい国家は何を狙っているのかという意味での本質を。


道徳の教科化と同時に打ち出されているのか、他教科においても道徳的価値を「教える」ということ。


たとえば、理科の植物の授業で生命の大切さを強調させるとか、文学的教材の読み方を特設道徳的に読ませるとか……。


こうなってくると、もはや道徳の授業をどうするかの問題だけではなくなってくるということです。授業そのもの、いや、学びとはいったいどういうことなのかまでさかのぼって研究していかないと、逆に国家の路線にのっかり、国家優先な学校づくりに加担することになります。


我が全生研も、その創設が特設道徳に反対するとががきっかけだっただけに提言しなければならないのですが、なかなか腰が重い感じがします。


来夏の全国大会までには、一定のアプローチがができればいいなぁ思っています。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

電話が苦手なことと複眼的視点

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


私は電話が苦手です。口ごもったり、余計なことを言ってしまったりします。なぜなんだろうと、考えてみました。


自分が電話が苦手なのはおそらく……、自分は相手のかもし出す雰囲気や、二人が作り出した空気の中で応答するタイプだからだと思うのです。ちなみにこれは、顔が見えるとか見えないとかそんな単純なことではありません。


雰囲気や空気を感じながら応答するとは、実は、二人以外にも目を向けているということです。二人で話していながら、もう一つの目はまわりを見ている。そして同時に自分達を外側から客観的に見ていたりもする……。


ちなみに、こうした、複眼的、集団的な眼を持てると、テンポ良く一斉授業ができます。まわりが見えてきて、見通しも見えてくるからです。子どもの動きもわかってくる。(見えてくるのではなく、わかってくる)


ちょっと抽象的な言い回しの連続になってしまいましたが、参考になることがあれば。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

若い人に、何から教えれば

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


自分のクラスが学級閉鎖になってしまったこともあり、同学年の学級で授業をしてみることにしました。以前、道徳の授業をうちのクラスでやってもらったので、そのお返しと、若い人たちに、しおちゃんマンスキルを学んでほしいと思ったからです。


学年で時々こうして授業をしてみることは、子どもたちにとっても、教師にとっても良いことではないかと思っています。


しおちゃんマンスキルといっても、授業そのものにあるのではなくて、子どもたちとの呼吸や応答力を見てほしいと思うのですが、うまく伝わったかどうか。


今回に限らず、私たちの世代は、若い人たちに何から教えればよいのか、時々迷います。「教える」ってなんだ?といった哲学的な問いにまで行きついてしまうこともある……。


だったら、「伝える」でもいい。私たちは何から伝えなければならないのでしょうか。


もしかしたらそれは、授業スキルなんかじゃないのではないかと。そんなものは、時間がたてば誰にでも身につく。教えなければならないことは、そのベースにあるもの。


それっていったいなんだと思いますか?まだ私には明確には言えません。


残り二年間の教師人生のテーマの一つになりそうです。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

精神的疾患で悩む仲間の苦しみ

空飛ぶ しおちゃんマン しおちゃんマン★プライベートブログはこちら


三日間熱が下がらず学校を休んだ。たかが三日間の熱で、こんなに苦しい思いをするんだから、精神的疾患で悩む仲間はどれだけ苦しい思いをしているのかと。


なによりも、いつなおるか、どうすればなおるかの具体的な手立て、そういったことが見えないことが一番苦しいのでは。。


何かやっていないと不安になる病気の人に、 "何もしなくていいよ" "休めばいいじゃないか" はつらいのでは?


ではどうする(・・?


私たちをここまで追い詰めて、さらにその責任を自己責任にしている日本の教育行政に強い怒りを覚えると同時に、つらい思いをしている仲間にどうはたらきかけるべきなのか(はたらきかけないことも含む)、もっともっと学ばなければならないと思っています。


空飛ぶ しおちゃんマン メルマガ「学校現場からのメッセージ」

学校珍百景2まだまだ出てくる「学校あるある」

【最新本】

chin2_150.jpg

amazon.co.jpで購入
amazon

インフルエンザじゃなかったら、なによ

なかなか熱が下がらない状態が続いていた。

ずっと、37.6度維持。

主治医さんには、検査してもらった上に、インフルエンザではないことを告げられました。

ホッとする反面、熱が下がらない現状に、だったらなんなんだよっていう感じです。

歳を取ると、想定外の病に遭遇するから、油断できない。

とりあえず、熱を上げないことが大切。

ブログ内検索

このblog の紹介

 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

管理画面


しおちゃんマンProfile
 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

塩崎義明OnlineOffice




oshio412b9c9f-s.jpg

全生研
しおちゃんマンツイッター
Facebook 塩崎義明
しおちゃんマン Facebookページ
Instagram YoshiakiShiozaki

【しおちゃんマンの本!】
【最新本】






2刷目!!
皆様のおかげです♪





【旧】ザ・教室blogはこちら。膨大な過去ログあり。
blog.gif

このblogのカテゴリー

月別アーカイブ

06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  04  03  02  01  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09 

ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

カウンター