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AorBの発問から読み進める「きつねのおきゃくさま」(小学校2年生)

●目標
◎『はずかしそうに わらって しんだ』きつねの気持ちを考えながら読み、自分の思いを進んで伝えることができる。(読むこと・話すこと)


●展開
1.死んでいるきつねの挿絵(出版社:サンリード)を提示する。


2.気がついたこと、なんでも発表する。
・きつねがしんでいる。
・笑ってしんでいる。
・満足している。
・はずかしそうに笑っている。(すでに読み進めている子)
・体がぼろぼろに見える。
・その他


3.きつねが死んでしまった場面を読んでみましょう。
○音読(指名読み) P.72L4~P.74L5


4.学習のめあてを提示する

(補助発問)きつねはどのように死にましたか(・・?
・はずかしそうに わらって しんだ

[『はずかしそうに わらって しんだ』きつねのきもちをかんがえよう。]


★なぜわらっているのか、何がはずかしかったのかを考え、話し合う。


5.ゆうかんにたたかった、きつねの様子を読み取る。

(AorB発問_1)きつねとおおかみ、どちらが勝ったのでしょう(・・?
・ワークシートに自分の考えを書き、発表する。

A.きつね
・おおかみを追い返したから。
・その他
B.おおかみ
・きつねは死んでしまったから。
・その他
~話し合う~


6.きつねがとび出す時の気持ちを考える。

(AorB発問_2)きつねは勝てると思ってとびしたのだろうか(・・?
・ワークシートに自分の考えを書き、発表する。

☆勝てないと思っていても、とびだすことがある。

A.勝てると思っていた
・がんばれば勝てる。
B.勝てないと思ったけれど、とびだした
・勝てなくても、ひよこ、あひる、うさぎをまもりたい。
・何も考えずに、思わず
~話し合う~


7.死んでいくときのきつねの気持ちを考える。

(AorB発問_3)きつねは、たたかってよかったと思っているか、たたかわなければよかったとおもっているか。
・ワークシートに自分の考えを書き、発表する。

☆思わずたたかってしまったことは恥ずかしいけれど、かっこよく死ねることに後悔はない。

A.たたかってよかった
・ひよこ、あひる、うさぎを守れたからたたかってよかった。
・その他
B.たたかわなければよかった
・死んでしまったから。
・その他
~話し合う~


8.死んでいるきつねの挿絵に語りかける
・きつねに語りかける形でメッセージを書く。

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同僚としての当事者性

多くの教師が自分のことだけで精一杯というのが現実の中で、職員室の同僚の悩みや苦しみについて、無関心でない当事者性を持つことってどういうことだろう?と考えています。


自分の悩みや苦しさが、同僚の悩みや苦しさと同じところに原因があることがわかったらどうでしょう。つまり、当事者性を持つためには、教師としての学びが必要なのではないでしょうか。なぜ、教師でいることがこんなにも苦しいのだろう?という学びです。


学びが無いと、上からの同情だったり、おせっかいに感じることがあります。特にベテランは気をつけたいです。「あなただからできる」と言われることがあったら、特に注意。


一緒に悩み、一緒に学び、一緒に乗り越えていく共同が求められています。そこには、世代・経験を超えた協働の在り方が問われているのだと思います。


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「決める」ことのこだわりを

民主的団体を名乗る団体までも、最近は「決める」ということがいい加減になってきているような気がする。その「決め方」について、公私混同がはなはだしい。


決めたことは守るべきであるが、決めていないことはやらなくても良いはず。良いことだからやるべきである、というのは間違い。どんな良いことでも、決めていなければ、その決定に参加していない者はその行動を強いられることはない。


気をきかせたつもりで私的に行動する者がいる。個人としては自由であるが、個々に同じ行動を強いるのは間違い。共同を求めるのであれば公的な民主的手続きが必要。


この国の民主主義が危ないのであるが、それでは民主主義とは何かという問いに答えるためには、私も含めてまだまだ学習と経験が必要だと考えている。


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お金持ちになることの価値観

昔は、お金のために行動することは卑しいこととされてきたのですが、いつからか日本人は、お金のために動いて何が悪い、お金持ちになることこそ幸せである、と考えるようになり、今では子どもたち(も)本気でそう考えているようです。


プロ野球選手になることもサッカー選手になることも "お金持ちになるための手段だ" と子どもに言われた時にはショックを受けました。純粋にそのスポーツが好きではないのでしょうか?


今や、学校外の習い事の方が、そんな子どもたちの夢に直結しているようにセットされています。いや、されているように見せられています。かなりのお金がかかるのですが、夢が叶えば高いお金もチャラになるという計算らしい。


ちなみに…、少なくとも私は、教師になる=安定 という図式を考えて教師になったのではありません。ゆえに、後から「教師・公務員は安定しているから恵まれている」と、なぜか批判的に言われて戸惑った覚えがあります。


お金に卑しい人は、残念ながら信用できません。しかし、 "貧しくても幸せを感じていれば良い" というすり替えは黙認できません。それは、国家や上に立つ人に言われる筋合いはないということです。


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地域の子を叱ること

近所の子を叱れる地域には非行が広がらないとよく言われたものです。親同士が知り合いで、隣の子のこともよく知っている関係こそが子どもたちを育てる土壌だと。


しかし最近では、近所の子を叱ることにはかなりの配慮が必要です。親同士の関係ができていないからです。下手をすると、近所の子を叱ったことが原因で問題がこじれ、その地域に住めなくなったという事例も少なくありません。


何かあったら、まずは親同士で話し合った方がいいです。話し合えない関係だったら、その子どもを叱らないこと。放っておけない事案だったら、必ず誰かに間に入ってもらうこと。


子ども同士のトラブルが親同士のトラブルに広がらないようにすること。しかしトラブルは、親同士の関係が親密になれるチャンスでもあります。感情的にならずに気遣い・配慮をもって行動すれば事態は必ず良い方に向かいます。


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「譲る」ということ

おそらく全国的な低学年の子の傾向だと思うのですが、「譲る」という行為ができない子がほとんどだということ。自分本位で譲らない、誰が先にやるかでトラブルになる…、そういった毎日をおくっている低学年の教室が多いのではないかと。


「先にやっていいよ」「自分は我慢するからあとからでいいよ」といった、仲間に対しての「譲る」という行為は、5歳までの友達との関わりの中で育てていかなければならない難しい課題。それができていないのでは?


なんでも自分でしないと気がすまない、自分の意見をなんとしても通そうとする、嬉しい・悲しい・悔しいなどの感情をストレートに表現する……、こういったことだけでは友達関係を維持していくのは難しくなるとを4,5歳までに学んでおかなければならないのです。


気になるのは、そういった発達をできなくしている子育て環境、幼児教育環境ってなに?ということ。そういったことを研究するのが幼少連携であって、幼少連携とは生活マニュアルを揃えることではないということです。


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投げる・蹴る

体力テストの「ソフトボール投げ」の様子を見る限り、子どもたちの「投げる」という運動・動作は、年々低下しているように思うのです。正式なデータはわかりませんが、私の見える範囲ではそう見えます。その代わり、ボールを蹴ることについては、上手な子どもが増えていることは事実。


これらが子どもたちの野球競技人口が減ってサッカーが増えた、と単純に考えていいのかどうかはわかりませんが、文化の広がりという意味ではそういった面もあるのかもしれない。文化が子どもたちの体力にまで影響することの一つの例。


しかし一方で、地域や学校生活において、投げたり蹴ったりすることが制限されていることも事実。時には "走る" という動作までイケナイコトとしておきながら、一方で体力テストを実施して上がっただの下がっただの言っている大人っていったいなに?と思う。


子どもの体力は、もはや地域や学校ではつかないのではないか?という疑いをもっています。習い事などでお金をかけなければ体力も向上させられない現実。そんな現実を推進させておいて、格差があるなどと、したり顔で言っているお偉いさんたち……。


体力をつけること、スポーツをすることは子どもたちの権利。それを保障するのが国家の役目だと思っています。


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きつねのおきゃくさま(日刊通信より)

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2016年6月9(木曜) 2年1組日刊通信 NO.041
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国語で、「きつねのおきゃくさま」の勉強に入りました。保護者のみなさんも、音読で子どもたちが読んでいると思うので、その内容についてはご存知かと思います。子どもたちは、これから学習するので、ここでは詳しいことは書きませんが、

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そのばん。

きつねは、はずかしそうに わらって しんだ。
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この二行の衝撃というか、ショックは、私自身、昔からずっと抱えていたものでした。


作者のあまんきみこさん…、ここできつねを死なせなくてもよかったはず。おおかみをおいはらって、きつねは、ひよことあひるとうさぎで、楽しく暮らしました…、のエンディングでもよかったはずなのです。しかし、きつねは死んでしまいます。


そして、きつねが死んでしまったことで、この作品の価値が上がり、名作といわれ、多くの人の心に残る作品になったことは間違いありません。


ところが、学年の職員たちでこの教材について調べていくうちにわかったことがあります。それは、実は、作者のあまんきみこさん自身が、きつねを死なせてしまったことの悲しみに耐えられなかったというお話。そこで、最後に「とっぴんぱらりの ぷう」という、昔話のエンディングで使う、一見とぼけた一文を入れることで、ようやくきつねの死を受け入れられたということでした。


う~ん、作家ってすごいなぁと思いました。


あまんきみこさん自身が、その悲しみに耐えられなかったというきつねの死。


子どもたちは、どれだけ読めるのでしょうか。
----↑ここまで↑----


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自分の中での部活動問題

部活動問題…、これは "自分の中では" 難しい問題だったのです。というのは、自分自身、大学まで体育会で運動をしていて、教師になる動機も、高校でテニスを教えたいという夢がある人間だったからです。


つまり、自分自身はバリバリの体育会系で、スポーツ大好き、学校でも部活動をバリバリやるべきだという価値観を、どこかで持っている……。


しかし高校の教師にはなれ(ら)ず、小学校の教師になり、それでも部活動を担当したこともありましたが、部活動から心が離れた決定的なきっかけがあります。


それは、市内サッカー大会が、結局はクラブチームに入っている子が多い学校が強かったり、クラブの練習で忙しくて学校の練習に出てこない子が大会に出てきて活躍したり……。市内水泳大会が、各スイミング対抗の宣伝合戦になってしまったり、そういったことがあって、学校単位で部活動を行う意味を見失ってしまつたことがきっかけでした。(今は、そういった課題はかなり解決していると思っています。)


部活動が問題になりつつある今だからこそ、そもそも学校でスポーツや文化活動をする意義について、初心に帰って考え直す時に来ているのではないでしょうか。


スポーツや文化活動をすることは子どもたちの「権利」であるととらえなおしたとき、その権利を保障する学校や地域について、どうあるべきかのイメージをもつことができると思うのです。


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関係性に着目してほめる

子どもたちをほめることはとても大切です。しかし、言葉でほめることばかり考えていると、逆に子どもたちとすれ違い、不信感を持たれることがあるので注意しましょう。


ほめることに限らず、常に子どもたちとの距離や関係性に着目しながらコミュニケーションをとっていく必要があります。


関係性によっては、「すばらしい」などとほめると、わざとらしい、気持ち悪い、絶対本音じゃない、などととられることがけっこうあるのです。


笑顔でいることも同様。関係性によっては、不機嫌でいる時もある教師に人間味を感じて、信頼をおく場合もあるということです。


では、距離・関係性っていったいなんでしょう。どうすればそれをはかり、着目することができるのでしょうか。


教師と子どもたちが、共に学校生活をつくっていくということはどういうことなのでしょうか。そのことと、指導・被指導との関係は?


後日、書けることがあれば……。


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『きつねのおきゃくさま』教材分析

あまりにも悲しくて、せつなくて、気にはなっていたものの、真剣に向き合ってこなかった作品である。それだけ、自分の中では評価の高い作品なのかもしれない。


指導書では、お伽噺によくあるような「くりかえし」に目を向け、自分でもお話をつくってみることを目標とする単元であるが、今回は作品の価値にこそ目を向け、低学年の子どもたちが、どれだけこういった「せつない」作品にせまれるのかにチャレンジしてみたい。


物語の山場は、きつねがおおかみとたたかい『はずかしそうに わらって』死んでしまうところである。


まず、ここで気になるのは、きつねは、どうして『とびだして』しまったのか、ということ……。負けを覚悟で3匹を守ったとは思えない。思わず飛び出してしまったのであろう。そうでなければ、『はずかしそうに』わらって死んだことにつながらない。


『やさしい お兄ちゃん』『親切な きつね』『親切な お兄ちゃん』でぼうっとなり、『かみさまみたいな お兄ちゃん』にいたっては、ぼうっとするだけでなくも、うっとりして、きぜつしそうになってしまったきつね。そんなきつねだからこそ、ひよこ、あひる、うさぎの危機に対して、思わず飛び出してしまったのかもしれない。


しかし、思わず飛び出してしまったことに対して、恥ずかしいけれど、後悔はしていない。ゆえに『わらって』いる……。


『ゆうきが りんりんと わいた』のは、飛び出してからであろう。飛び出す前はまだりんりんとはわいていない。そしてたたかっているうちに、さらに勇気が増したのかもしれない。


思わず飛び出してしまったものの、たたかっているうちに、『ゆうきが りんりんと』わき、『かみさまみたいな お兄ちゃん』になっていたのかもしれない。その様子は、、『おお、たたかったとも。』『じつに、じつに、いさましかったぜ。』と表現されている。挿絵も、おおかみに勇敢に立ち向かうきつねの表情が印象的である。


食べるつもりだったひよこ、あひる、うさぎを助けるために自らの命を落とす結果になってしまったことに対するかっこ悪さと、ひよこ、あひる、うさぎを守った『かみさまみたいな お兄ちゃん』として死ねることの満足感とかっこ良さ…、そんな複雑なきつねの思い。


人は皆、誰でも、ある意味、偽りの自分の中で生きている面がある。本当はそうではないのだけれど、そうであるかのように生きている。そしていつからか、それが本当の自分であるかのように思えてくる時もある。しかし、それが偽りであろうとなかろうと、それも含めて自分であることに変わりはないのである。


偽りの自分として生き、そして死んでいくことの恥ずかしさと満足感。きつねの生き方は、現代に生きる我々の生き方とシンクロする。


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ちなみに、『とっぴん ばらりんの ぷう』は、作品のイメージに誤解を与えることにつながっているのではないかと以前から思っていた。意味としては、「これでおしまい」「めでたしめでたし」等々の意味。


しかし、『とっぴん ばらりんの ぷう』の音の響きと、「めでたしめでたし」の意味があることと、さらには、まるまる太ったひよこ、あひる、うさぎの挿絵……、ウソ泣きに見えてしまうのである。


つまり、『とっぴん ばらりんの ぷう』のせいで、ずるがしこいきつねと、悪いおおかみがいなくなり、めでたしめでたし…、と読めないこともないのである。しかし、これは余談。
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指導は、挿絵を手掛かりにして本文に戻り、さらにその意味を考え、話し合っていくといったスタイルをとりたい。


さらには、児童の現時点での発達・成長・実態を考慮し、発問は「AとB、どちらだと思うか」といった、意図的にわかりやすい二者選択の発問から切り込み、そこから深く読み取っていくことを考えてみたい。


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きつねのおきゃくさま

ずっと気になっていて、好きだけど読みたくない、複雑な思いを持っていた「きつねのおきゃくさま」(あまんきみこ文・ふたまたえいごろう絵)。今度、初めて校内研究授業で、授業することになりました。


「読みたくない」と思ってしまう理由は単純。とてもとても悲しい気持ちになってしまうから。心を揺さぶる自分の中の名作の一つでありながら、思わず目をそらせてしまう……。そんな複雑な気持ちになってしまう作品。


『きつねは、はずかしそうに わらって しんだ。』の一文を、この時期の幼い2年生が読み取れるのだろうか。そのためには、どんな発問が必要なのだろうか。楽しみながら、頭を悩ませているところ。


食べるつもりだったひよこ、あひる、うさぎを助けるために自らの命を落とす結果になってしまったことに対するかっこわるさと、3匹を守った「かみさま」として死ねることの満足とかっこ良さ…、そんな複雑なきつねの思い。


低学年の子どもたちが、どこまで作品にせまれるのかが楽しみでもあり、不安でもあります。


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忙しくて授業ができないことの異常さ

「忙しくて授業ができない」というせりふをここ数日、職員室でよく聞きます。運動会の練習が終わったと思ったら、体力テストや学力テスト…、まさに、忙しくて授業ができないのです。


これを異常と感じないのがおかしい。我々は授業者・指導者として勤務しているわけで、指示・管理する者としてのみ勤務しているわけではないのですから。


文科省が教員を6:00までには帰らせるようにしたいと言い出しました。二つのおかしさがあります。一つは、6:00は立派な超過勤務だということ。二つ目は、早く帰らせようというならその中身の吟味が大切であるということ。


低学年から6時間授業をさせておいて6:00までには帰れ、ではまったく説得力がないのです。


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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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