日本の教育はけっしてうまくいっているとは思っていません。しかし…、そのことを、戦後一貫して「教師の質」の問題としてのみ決めつけ、うまくいかなければいかないほど、その教師に無理難題を押し付けてきたのが戦後日本の教育体制だと考えます。
教師は悪くないとは言いません。だからこそ多くの教師は、それこそ、けなげに "上からの" 教育要求に応えるように努力してきたのです。しかしここにきて、その無理がたたったのでしょう。ここ十年で、教師の精神的疾患が急増し、命を落とす仲間も出てきました。
最近の教師の、こういった多忙化は「異常」だとこのブログでも表現してきました。文科省まで、さすがに「これはどうにかしなければならない」と言い出しました。それほど異常なのです。
ところが、教育委員会の学校訪問(都道府県教育委員会が現場を指導する取り組み)で、その一番のお偉いさんから、
『6時までにすべての仕事が終わらないのは、その教師の責任』
『遅くまで残っているのは、その教師の仕事のやり方が悪いからだ』
と、「それをあなたが言っちゃダメでしょ!!」という、信じられない発言があったと報告を受けています。
ついに教育委員会は、『忙しさ』まで、教師の質の問題にすり替えてしまいました。(いつから6時が退勤時間になったんだ?このことも疑問。)
たとえば、遅くまで残らなければならなかったのは、その日の学校訪問の準備のためであったことを知らないわけではないでしょう。細かな指導案作りや、様々な書類を、不備が無いように確認して提出、校舎内の掲示環境の整備…、エトセトラ。子どものことは『扨置き(さておき)』、その学校の職員は努力してきたのです。
あなたたちが来るっていうから、夜遅くまで仕事をしてきたのに、その訪問で、遅くまでやっているのはダメだ、などと、目の前で平気で発言できる神経がよくわからん。だったら、そんな学校訪問はやめてしまいなさい!!と言いたい。
私流にいえば、そんな訪問のための準備よりも、子どもに目を向けるのが本筋。そんな私の意見は苦笑いされて終わってきましたが、そこまで言われたのなら、本当に今後いっさい "特別な準備" などしなければいい。
わかってない…、本当に上は何もわかっていない。
いや、わかろうとしない者が「上」になっていくのだろうか。