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大人社会は猛省せよ…私も含めて

現役最後の夏休みが終わりました。明日から、2学期がスタートします。

この時期、子どもたちの悲しい事件が報道されます。

子ども社会は、大人が想像している以上に大変なことになっているのだと思います。

迫害行為を、いじめと認定するか・しないか、などと責任のなすりつけ合いをしていることについて、大人はもっと反省しなければなりません。

そして何よりも、子ども社会は、大人社会の反映であることに、危機感を持つべきです。迫害も、差別も、お金・経済優先も……、みんなみんな大人たちの社会がつくりだし、今も解決できないでいることばかりです。

まずは大人が、迫害、差別、お金優先、命軽視、争い、さげすみ、同情…、等々の問題を乗り越え、真の意味で、平和的な社会をつくっていかなければなりません。

その努力の過程でこそ、子ども社会も、その課題を乗り越えていくことができるのでしょう。

フェアという名のアンフェア~学校編~

「人として<当たり前>のことを教える」という、<特別>の教科道徳

個性を生かすための、国による道徳

気遣いのためにふさがれる口

「仲良し」を目的とした、子ども支配と個性つぶし

「解決するため」という丸め込み

授業改善のかけ声で生まれる、授業崩壊

良い返事ばかりが飛び交う、ワカラナイ授業

良いあいさつばかりが聞こえる、対話の無い関係

心を整えるはずの、履き物を揃えるストレス

忙しさを軽減する為の、忙しさ

ストレスチェックをしなければならない、ストレス

不祥事を指導する側が起こす、ストレスによる不祥事

不祥事を起こすな!!というパワハラ

「なんでも言いなさい」という、脅し

「静かにしてください」という、うるささ

不登校ゼロを目指す学校の、教師の不登校

学級崩壊立て直し請負人という、非同僚性

<黄金の>三日間と名付けた、<地獄の>調教期間

複線化の学校づくりを目的とした。学校連携

飛び級ありの義務教育学校

仕事内容の増えた、ノー残業デー

和を乱す、教師のユニフォームづくり

仲間外れを生み出す、チーム〇〇

ブラックだと言われて悔しくないのか?

先日、資料集め、教材開発のために、ある地域の博物館に出かけました。するとそこにたまたまその地域の新採研のグループが来ていました。20人ほどの若い人たちの集団でした。

そこではグループ学習が展開されていて、どの顔も笑顔だったことが印象的でした。きっとリアルで興味深いテーマで話し合いが展開されているのだろうと思いました。

今の新採用の教師の夏休みは、授業がある時期よりも忙しいのです。毎日毎日官制研修が待っています。

それを笑顔で展開できていることにほっとしました。

その地区の、教育委員会のみなさんの工夫がうかがえました。

教師の働き方はブラックだと言われて悔しくないのか、と思うわけです。

言い訳や責任転嫁ばかりしていないで、そ反骨精神を持ってこの問題に真摯に向き合っている行政側の人もきっといるのだと思います。

現場は、そんな人を応援しています。

ぜひ、声をあげ、実践で示してほしいと思っています。

ひと研修 いち質問

官制研修が続きました。

そういった研修の質問の時には、できるだけ手をあげることにしています。

何もないのは、逆に講師に失礼だと考えてしまうことと、納得できないことは聞くことは当たり前だと思っているからです。

しかし不思議なことに、官制研修はそのように考えてはいけないようなのです。

質問することは講師に失礼で、できるだけ早く終わらせたいと思っているのかもしれません。

だから、私が手をあげるとほとんど嫌な顔をします。

アクティブラーニングだの、主体的な学習だのを主張している人たちがこのような現状なのですから、子どもが育つはずがありません。

まずは教師が、あるいはその研修を主催する人たちこそ、アクティブに主体的に学ぶトーンをつくってはどうでしょうか。

コミュニケーションスキルのデーターは集めれば集めるほどマニュアル化して形骸化する

コミュニケーションスキルに関する研修が広がっています。

教師と子どもの教育相談的なスキル、子ども同士をつなげるスキル、目的や方法、研究団体も様々です。

ただ、共通しているのは、たくさんのスキルデーターを集めていること。このケースにはこのスキルを、といったテーターを集めて整理し、実践するように提案しています。

しかしここで疑問。

人と人とは、事前に準備されたスキルでつながれるのだろうか?信頼し合えるのだろうか?ということ。

スキルというのは、当事者によって、その場で生み出される教訓に近いものではないでしょうか。

同じ事例に出会うのは奇跡に近いし、二度と無いと言ってよいと思います。

ということで、スキルデーターというのは、集めれば集めるほど、形骸化していくのだと思っています。

教え込み丸め込む道徳は『嘘芝居』

最近続々と、特別の教科道徳の授業をどう展開するかの研修や書籍が出てきていますが、どれを聞いても、読んでも、おかしな話ばかりです。

そもそも物語から価値を見つけるのは誰なのか、という根本的な問題に誰も触れていない。それは当然読み手です。それを、国や教師が勝手に価値を決めつけ、そして押し付け、丸め込むといったことばかりです。

そしてどうしても意見が別れたり、子どもが納得しない場合は、「どちらでも良い」という、ずるい答えを用意しているという周到さ。もともと、どちらでもいいのです。読み手によって、感じる価値は違って当然なのですから。

実は、子どもはそんなことはわかっていますので、上手に合わせてくれていることが多いのです。子どもは陰で、「今日は少しだけ本音言っちゃおかな」と話していることにも気づいていない。いや、知っていながら、一緒に『嘘芝居』を展開している。

『嘘芝居』…、これですね。 "特別の教科道徳の物語を使った指導を表す言葉" は。しおちゃんマンの造語ということで、登録いたします。

道徳が軽視されて生まれてきた問題とは?

23日に、小中連携3校の合同研修会でした。特別の教科道徳について、講演がありました。

そこでは、戦後軽視されてきた道徳の意義と、具体的な実践例と、通知表や指導要録の具体的な評価の書き方についてお話してくれました。

個人的には、疑問だらけで、つっこみどころ満載だったのですが、議論する場ではなかったことと、質問できる時間になった時にはすでに講演時間がオーバーしていたこともあって、質問は一つにとどめました。

※誰も質問しない場で、空気を読まずに質問することはとても勇気がいるものです。まわりには早く終わらせたい空気が満載でしたので。

質問は、
「戦後、道徳が軽視されてきたというお話でしたが、日本の教育、国づくり、人づくりにおいて、どんな問題が起きてきたとお考えですか?これだけ大変な仕事が増えることの裏付けが欲しいので、もう少し詳しくお話してください。」

しかし残念ながら、戦後の教育や、子どもたちの実態、日本の国の課題について、答えてはもらえませんでした。私の周りの先生も、「塩崎先生が質問したことについて、答えになっていませんでしたね」と声をかけられました。

実は、もう一つ聞きたかったことがあります。

講師の方は、戦後の道徳が軽視されてきた原因の大きな一つは、修身=道徳に対するイデオロギー的な圧力と対立を上げていました。はたしてそうなのでしょうか。

修身・教育勅語は、国会決議で撤廃されたのです。修身的な道徳はイデオロギーで否定されたのではなく、国会で撤廃決議されたのです。それをイデオロギー対立だという考えこそ、偏向的なイデオロギーだと言わざるを得ません。

今の道徳が修身の流れの上にあるのだとしたら、修身をどう批判的に乗り越えて今の道徳があるのか、ぜひ質問してみたかったです。

国道にぶら下げられたゴミ袋

国道の両脇に木の枝が迫っている場所があります。そこになんと、からになったお弁当がゴミ袋に入って、いくつもいくつもぶら下がっていたので、いやな気持になりました。しかもそれが何メートルも続いていました。何人もの人がやっていることになります。

かなり高いところにぶら下がっていたので、きっと、トラックか何かの大きな車に乗った運転手が、渋滞で動かなくなったときに、ゴミ袋を木にぶら下げたのだと思いました。

こういった問題をどう考えればよいのか、というお話。

こういったことがあると、すぐに学校できちんと指導しないからだとか、「こんなことはやってはいけません」という道徳教育が必要だとかの話に持っていこうとする人がいるので、結果、何も解決しません。解決しないのは、それが原因ではないからです。

監視カメラがあるのだから犯人を特定すればよいだとか、監視カメラがついていることをアピールすれば抑止力になるという考えもあります。しかし強い力で抑えれば、この問題は結局、弱い部分にふきだします。根本的な解決になっていないような気がするのです。

ゴミはどこに捨てられるべきか、それができないのはなぜかを解決しなければなりません。長距離トラックなどでは、車内のゴミを処分する手立てがないのかもしれません。だから木にぶら下げてよいということではなく、そうならないようにするための手立てを(も)考えなければならないのではないでしょうか。

道徳の授業ではそういった学習をしてみたいものです。

なぜ、コンビニや高速道路のパーキングエリアでは、ゴミの持ち込みが禁止されているのはなぜか。その結果、どのような問題がおさまり、逆にどんな新たな問題が起きているのか。各地方自治体では、どのようなゴミ対策がされているのか。そしてこの問題を解決するためには、どのような行政努力が必要なのか。または、すでに行われているのか。

こういった道徳の授業をやってみませんか?

休むことはさぼることではありません

[休む]
1 仕事・活動を中断して、心身を楽にする。休息する。
2 動きや働きが止まる。
3 眠るために床に就く。寝る。
4 欠席・欠勤する。
5 日ごろ続けてきたことをしばらくせずにいる。
6 病気が治る。

[さぼる]
なまける。怠る。ずる休みをする。

上記のように「休む」と「さぼる」は、明らかに意味が違います。そもそも「さぼる」の語源は、フランス語の「サボタージュ」。意味は、意図的に仕事を停滞させたり、機械を破損して経営者に損害を与え、解決を促す労働争議の戦術の一つだとか。日本では、まわりが一生懸命やっているのに、自分だけ意図的に楽をして、仕事をしていないことを指します。

休むことはけっして悪いことではありません。むしろ必要なことです。

「まわり」は、その休みを保障しなければなりません。そのことが結果的にその仕事のためになるからです。そして、休みは働いている者の権利だからです。

教師は「休むこと」をもっと大切にしなければなりません。子どもたちのために休まなければなりません。いらいらした顔で、子どもの前に立っていてはいけないと思うのです。

そして行政は、教師が休めるために、人員の確保や、教育内容の見直し、一斉・一律・競争の枠組みをなくすことを考えてほしいです。

学校珍百景 再び

21日付朝日新聞で軽くコメントしたところ、「学校珍百景」が、amazonのカテゴリー1位に、3年ぶりに返り咲きました。ありがとうございます。

現在、2冊ともamazon在庫切れ状態になってしまったので、お急ぎの方は、直接、学事出版の方にお問い合わせください。

よろしくお願いいたします。






連携問題は分けて考える

幼少中連携等々の問題は、「指導内容の連携」の問題と、「学校制度のつくり変え」の問題とをきちんとわけて考える必要があります。

「指導の内容」については、発達の問題と、学力の問題とをきちんと分けて考える必要があります。

「学校制度のつくり変え」の問題については、一部のエリートづくりと、差別的複線化の問題とを頭に入れて警戒し、考えていかなければなりません。

連携問題は、小学校と中学校の授業の仕方や黒板の板書で使うチョークの色を揃えましょう、などという問題ではないことを知らなければなりません。この問題をそういった矮小化した問題にすり替え、本当のねらいを隠すことは、国の常套手段です。

国のねらいは何なのか、本当はどうしたいのかを考えずに、つまらないことを(つまらない話にされたことを)、さぞスゴイことにように、エラソーに話をしている人を最近よく見るので、残念です。

定年退職の準備は?

教師の場合、誕生日が定年退職ではなく、3月まで勤めてから定年ということになります。

私は今年度、その年になるのですが、この夏休みに定年退職に関わるいろいろな事務作業や、研修があるのかと思っていたのですが、そういったことは全くありませんでした。これで大丈夫なのだろうか?と心配になるほどです。

再任用・再雇用で仕事をしている先輩に聞いてみると、9月、10月にいろいろあるよ、ということでしたが、それでも情報は少ないようです。

私のように、定年になるまで担任をしている人が少なく(ほとんどが管理職になっている)、同じ立場で相談できる人が全くいないという事情もあります。

9月、10月にいろいろあるのだとしたら……、それでなくても超忙しい5年生なので、さらに大変になるなぁ…と少し憂鬱な気持ちにもなっています。

指導案作りはようやく清書段階に

9月上旬に行われる、教育事務所・市教育委員会合同学校訪問で展開する、特別活動・学級指導の指導案作りに追われています。先日、指導主事の先生に指導していただき、ようやく清書段階に入りました。25日に、さらに管理職に見てもらい、ようやく印刷に入れます。

ひと昔前は、こんなに何度も "関所"はなかった。それぞれで指導案を作成し、締め切り前に印刷しておけばよかった。指導主事による「ご指導」もなかったし、管理職のチェックも簡単なものだった。

ご指導やチェックが繰り返される今の方が授業の質が上がったのかというと、けっしてそんなことはないと思う。授業の質は、ひと昔前とほとんど同じで、忙しくされた分だけ準備が遅れるのだから、下手をすると質は下がっているのではないか。また、やってみたいことも、場合によっては制限されるのだから、授業づくりそのものに意欲がわかないのではないか。

最近の学校現場の、残念な悪循環である。

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塩崎義明(しおちゃんマン)の『公式メインブログ』です。教育問題について語ります。⇒ 管理画面

37年間千葉県の小学校で学級担任として勤務。退職後2つの大学で非常勤講師。生活指導・進路生徒指導、特別活動、発達障害と学級づくり等の講義を担当。2月、3月には小学校現場にも臨時講師として勤務。全国生活指導研究協議会常任委員。著書『教師と子どものための働き方改革』『学校珍百景』 他。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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