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指導虐待[塩崎造語2018年1月2日]

学校が "指導" と称して行動や言葉を統一させたり、一斉に行動することを強いたりすることは「虐待」になるのではないか?と考えています。これを『指導虐待』と呼ぶことにしたことを今年の1月に述べました。
[塩崎造語 2018年1月2日]

体罰はもちろん、暴言を浴びせり、侮辱したり、冷酷、冷淡な接し方をしたりすることは虐待です。だとしたら今、日本の学校で「指導」と称して学校による子どもへの虐待が行われていないでしょうか。

一斉行動を強い、できた時には「アメ」を与え、逆にそこから少しでも外れると強く叱責したり冷たく突き放したりして「できるように」させる…。そして何度繰り返してもできない子には、保護者の責任にしたり発達の「障害」だと勝手に診断したりする……。

因みに虐待を受けた子は、自己肯定感が低く、愛着障害を引き起こして衝動的・過敏行動的・反抗的・破壊的な行動が見られ、情愛・表現能力・自尊心・相手に対する尊敬心・責任感などの欠如があるとされています。さらには、虚言癖や自傷行為も……

こうした虐待が、集団的に引き起こされたらどうなるのかという問題です。まさに「学級崩壊」の要素と一致するのです。小学校中学年まで「きちんとさせてきた」学年が、高学年になって荒れる傾向が全国的にあるのですが、それはこうした学校の「教育どころか、調教をも超えた『指導虐待』」が原因だと考えているのです。

子どもに優しいこと、意見を聞くことを「甘い指導」だとか、「力量がない教師の行為」などと評価する時代をそろそろ終わりにしましょう。今、子どもたちに求められているのは、教師や仲間たちとの『安心と信頼の関係』だと思うのです。

それでも教師の仕事は夢とやりがいがある

今の「学校ブラック」の背景には、2000年前後の各種教育関連法案成立および改正、そして教育基本法改悪により、国家主導の教育行政が法的にも確立し、それが現在具体的に現場に降りてきていることがあると考えています。

国家主導による一斉・一律・競争の教育行政は、教師を「子どものことは扨置き(さておき)」、とにかく教育成果を見える形で示すことを強いています。

そしてその効率化を図るために「学校スタンダード」で教師の指導を管理・統一化し、あるいかわらずの理不尽な校則や "ゼロトレスタンス" で子どもたちを取り締まっています。

子どもたちは "排除の脅し" に近い人格評価の空気の中で、良い子でいることを強いられ、仲良しでいることの芝居を演じなければなりません。そんな嘘芝居とキャラ設定競争の中での子どもたちの苦悩は深いです。

そんな中、教師もまた苦しんでいます。個々には子ども一人ひとりの事情にそって指導を展開したいと思いつつ、職場の力関係や人間関係の中でそれがかなわず、当事者性、同僚性を失いつつあります。

教師の精神的疾患による休職数は、正規採用者だけで5000人を超えています。5000人を超えて増えていないように見えるのは、正規採用者が増えていないことと、講師が急増していること、そして代替え教師が不足していて休むことさえ許されない現場事情があります。

しかし、それでも教師の仕事には夢とやりがいがあることを学生たちには伝えたいです。一般企業の従業員と比べ、教員は「楽しい」「生きがいを感じる」「仕事を続けたい」「満足している」 などの割合が高く非常に高い意欲を持って仕事に臨んでる調査報告も出ています。

教員は子どもたちから学び、子どもたちからパワーをもらいます。子どもたちとの関係を切らない限り、教師は夢とやりがい、そして学びを失わないと考えているのです。

2000年前後の児童会活動

2000年前後の児童会活動が形骸化していく時代に、子どもたちにどうやって自治的な力を付けようとしたのか……、私自身がもがいてきた児童会活動実践を学生さんたちに紹介して読み拓いてもらっています。

2000年前後は、五日制完全実施に向けての移行期間であり、授業時数確保が現場の大きなテーマになっていました。そんな中で、特別活動……、特に児童会行事は削られ、子どもに任せている余裕もなくなり、教師主導のトップダウン型の児童会活動になっていきました。

そんな中、児童会・生徒会役員選挙が無くなり、代表委員会、中央委員会と呼ばれていた学級代表会議も無くなっていきました。児童会活動と言いながら、児童会組織が無い学校が広がっていき、今に至っています。

そんな中で取り組んだのが、「パネルトーク型児童会選挙」「日常的な自主集会」「仮装した怪人を探す『スーパーオリエンテーリング』」でした。

▼スーパーオリエンテーリング '98
http://shiochanman.com/report/orien98.html

今でこそ、路上パフォーマンスや、ハロウィンの仮装が広がっていますが、日本にはそんな話題や文化がなかった1998年に、児童会でそのようなことイメージして取り組んでいたことに気づきました。

その後、仮装することを引き継ぎながら、以下のような取り組みを進めています。

▼スーパーオリエンテーリング 99
http://shiochanman.com/report/orien99.html

▼スーパーオリエンテーリング2000
http://shiochanman.com/report/orien00.html

▼1年生を迎える会 2001
http://shiochanman.com/report/muka5nen.html

その後の「六年生を送る会」での演技、『〇〇小の怪人シリーズ』にもリンクしていきます。

kaijin390_2018.jpg

一方、役員選挙についてですが、18歳選挙の時代になって、リーダーを選ぶ力を小学校からどのように指導していくのかが、あらためて問われる時代になっていると考えます。特別活動における大切な視点です。

これから上に立つ人は

これから上に立つ人は、上から評価されるよりも、下から信頼・支持される管理職になってほしいものです。しかし残念ながら、この大切な価値観が学校現場ではなかなか通用しないところに、今の子どもたちや教師の不幸があるな、と。

職員に相談しないで、上から降りてくるものをなんでもかんでもやらせようというスタンスも、自分が上からどう評価されるかばかりを考えている証拠。そんなことは、子どもや職員はすぐに見破ります。そしてあなたたちに信頼をおこうとはしなくなるでしょう。

「上から降りてきたものを我々にやらせるのが自分の仕事だ」と開き直る人がいます。しかし私に言わせれはせ、それでは20%しか仕事をしていません。80%として、私たちの声を行政に反映させるといった下からのベクトルをイメージしてもらわなければ困ります。

私よりも下の世代が、どんどん管理職になろうとしていますが、下からのベクトルのイメージが持てる勉強をしてこなかった人ばかりで、私たちの苦しさに共感できないようです。苦しんでいるのは、私たちの力量が無いからだと言い張るので、もう "勝手にどうぞ" っていう感じです。

確かなことは、そういった人たちは、子どもの指導も同じようにしてきて、うまくいかない時は、すべて子どものせいにしてきたんだろうな、と思うわけです。

共に前に進めるはず

指導がうまくいかないことを

子どものせいにしてはいけません。

親のせいにしてもいけません。

前の担任のするのも的外れ。

責任回避もよくないし悔しいけれど、

かといって、自分で責任をかぶる必要もない。

保護者や仲間と相談して、

前に進めればよいのです。

同様に仲間が悩んでいた時には、

一緒になって頭を抱えて苦労して、

知恵やアイデアを出し合うことで、

必ず前に進めるはずです。

大切なことは、

同じ時代に悩む "人" として生きること

「いじめ認知」ってなんだ?

「いじめ認知」が41万人を超えて過去最高になったと文科省から発表がありました。

「認知」とは、対応・指導していなくても、いじめだとわかれば一件とカウントすることだそうです。

報道では、いじめの発生ではなく教師が認知した数字なので一定の前進であると評価しています。尾木ママ先生も、教師がいじめに対してしっかりと向き合うようになった数字であると、一定の評価をしています。

でもなんか変だな……。

現場の教師が、「いじめ」だと認知して、何も対応しない、まだ指導していない、ということがあるのだろうか?

解決に向かった、逆にこじれてしまったことも含めて、現場の教師はいじめだと認知した瞬間、なんらかの対応をしているはずです。日本の教師は、マスコミが批判するほど、そんなに無能ではない

どうやらこの数字は、いじめととらえる範囲が広がった、ととらえる方が良さそうです。

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それとは別に、この調査は昨年度のもの。

私も現場の教師でしたが、この結果になるような文科省の調査があったことについて記憶にないのです。

ましてや、「認知」という言葉を意識した調査など記憶にありません

文科省は、山のように現場に押し付けてくるアンケート調査のどれを利用してこの結果をだしたのでしょうか?

最近の現場は、教育実態や成果を数値化することに躍起です。

しかし教育とは、見える成果ではなく、見えない豊かさが大切です。

先生方には、こういった調査に惑わされることなく、引き続き子どもたちに真摯に向き合ってほしいです。

大学の授業をどうにかしたい

大学の授業…、というよりも、自分自身の授業をどうにかしたい

小学校の時は、子どもたちの人数は多くても40。一方大学だと100名を超える授業が普通にある。

小学校の時は、少ない人数の中で子どもたちが発言し、子ども一人ひとりがどのような考えを持っているのか把握できた。(子ども理解ができていたかどうかは別)。授業も、そのこと(子どもの実態)をベースにして、自然に(無意識にでも)組み立てることができたのだ。

しかし大学では、100名を超える中、学生さんたちがいったい何を考えているのかが理解できないので、授業がいつもすれ違っていることを感じる。

コメント用紙に時々書いてくれはするのだが、週一回の授業ではそれをないのかなか生かしきれない。どうしても、一方通行の授業になってしまい、つまらなそうに聞いている学生さんたちには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

一方通行でもいいから、学生さんたちに「届く」話をしたいな、と。そのためためには、学生さんたちのことをもっと知る必要がある。

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ある日、しおちゃんマンお得意の、討議の二重方式を採用してみることにした。

しかし、100名を超える人たちの席を決めて、班をつくることは不可能だし、その理解を得る自信もなし。

そこで、班とは違う『グループ』の概念(人数は違ってもいいから、とにかく「周りの人」)を伝えて、席の周りの人と相談してから発言してもらう試みをしてみた。

すると、グループ討議の5分間がやたらと長く感じる。でも、指名すれば発言してくれるようになって、少し前進。

しかし、提供する教材が悪いと、5分間のグループ討議も深まらず、発言も出にくくなる。

結局は、提供する教材…、私自身の問題ということに落ち着く

そしてそのためには、学生さんたちの声を聞くしかないのかな、と。

この「行き止まりループ」のどこかに風穴をあけたいものです。

再掲載:不祥事根絶のために[2016年10月25日]

2年前の記事だけど、何も変わっていない……。

----↓ここから↓----
人を教育する教師があんなこと、こんなこと…、そんな不祥事が千葉県には絶えないということ。先日も隣の市で「下着泥棒」をしたとかで、県教委は臨時に市町村ごとに臨時の研修会を開くことを指示。綱紀粛正を徹底させた。

しかし県教委は教師の不祥事に対して上から物申すばかりで、自らの分析と反省が見えてこない。忙しさばかりで「やりがい」を持てない現場、そんな中で疲れ切っている教師たち。それが直接不祥事につながるとは簡単には言えないが、そういったことが教師の「精神面」や「心」をボロボロにしていることは事実。

そのことに対して何も対策をとらずに、不祥事根絶の掛け声ばかり上からかけてもダメでしょ。不祥事がなくならないことがそれを裏付けているでしょ。

ちなみに…、不祥事を起こしてはいけないのは、被害者の人権を侵したり、道義的に問題があったりすることを問題の第一としたい。我々が教えている子どもの気持ちを傷つけることも考えたい。組織の名誉を傷つけたり、「長」の責任のためが第一の理由ではない。それらもあるけどそれが第一ではない。

「いたしません」が言える教師に

現場に相談や検討も無しに勝手にいろいろ決めて、有無も言わせずやらせようとすることについての「振り回され感」がひどい。

文科省や教育委員会、管理職や主幹・教務・主任等々の中には、自分たちが決めたことは、まわりが「御意」と言って、なんでもかんでもやるものだと勘違いしている者がなんと多いことか。現に、その通りに動こうとしている健気な教員がなんと多いことか。

さらに問題なのは、そのやらせようとする内容が、あまりにも陳腐なこと。どう考えても、子どもにとって必要のないことや、教育的な意味が感じられないことが多すぎる。

そんなことよりもやらなければならないことがたくさんあると考えた時、「いたしません」と言える教師になろうではありませんか。もはや拒否は悪いことではない。拒否をしないで子どもたちを苦しめることの方がずっと悪いことです。

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小学校で37年間学級担任として勤務/現在大学で教師を目指す学生に指導。/最新著書『教師と子どものための働き方改革』(学事出版)//iPhone12 Pro/Surface Laptop3/黒猫大好き/手相は両手とも「ますかけ」。

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ヨシムネ&ねね

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ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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