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イエスマンを超えた忖度レース

\( 起 )/
今の学校現場では、意見交換が成立しているのだろうか。

上から言われたことを何の疑問も無くこなしているだけではないだろうか。

それが子どもたちにとってどうなのか?という検討無しに……。


\( 承 )/
忙しくて、言われたことをこなすことで精いっぱい…、という声を聞く。

いや、そうではなくて、

その現状を変えるために、意見交換が必要なのではないだろうか。


\( 転 )/
もしかしたら……、

今の学校現場は、イエスマンを超えて、いかにして上が望んでいることを先取りして取り組むかの忖度レースになっていないだろうか?

取り組んでいる人たちは、改革と言うテーマで進めているようだが、政策に対する批判的検討のない取り組みが単なる忖度になっていた例をたくさん知っている。


\( 結 )/
批判すること、反対することをメガティブであり、進歩的でないという意見が最近あるが、批判的検討無しに進歩はないことは明らかである。

新しい時代にどう生きるかではなく、新しい時代をどうつくっていくのかを考えていきたい。





現場グッズを出してきた

2,3月限定ですが、地元の小学校で臨時に担任をすることになったことを先日書きました。

現場に出てみる理由を、あと付けで色々書いてきましたが、ようするに "子どもたちと一緒にいること" が好きなんですね。それに尽きるんだろうと。

( ̄‐ ̄)。oO( "子どもが好き" とはちょっと違う…)

あと二週間です。(指折り数えています)

楽しみで仕方がありません。


先日、しまい込んでいた現場グッズを出してみました。

低学年の担任なので、使えるものは限られていたのですが、それどもいくつか使えそうです。

( ̄‐ ̄)。oO(最後は高学年だったからね)


不安もあります。

おじいちゃん先生を受け入れてくれるだろうか。(子どもたちや保護者が)

働き方文化が違う他市でスムーズに仕事ができるだろうか、他の職員に迷惑をかけないだろうか。

やっと慣れたら終わり…、ということにならないだろうか。

とりあえず、記録することを重視しながら、一日一日を大切にすることを目標にします。

( ̄‐ ̄)。oO(しおちゃんマン式「働き方手帳」は作成済み)




コミットは強すぎるしエールは無責任 Oo。( ̄‐ ̄)

| \( 1コマ目 )/ | #3コマblog
「指導」という言葉は、本来、上から強要するという意味ではなく "引き出す、育てる" といった意味も含めて使用してきました。

ところが、日本の教育が管理主義が強くなり、「指導」という言葉もまた、上から強要する意味のイメージが強くなってしまいました。

そこで、「指導」に代わる言葉は何かないかな?と考えています。


| \( 2コマ目 )/ | #3コマblog
最近使っているのが、「コミット」という和製英語ですが、私としては、「支援しつつ関わる」といった意味で使っているのですが、本来それこそ、「責任をもって明言する」といった強い意味があるようで、ちょっと違うかな?と思ってはいます。

エールは、ちょっと無責任な感じがするし、ケアーは大切な別な意味がある。


| \( 3コマ目 )/ | #3コマblog
やはり、「指導」でいいのかな?と思っています。

「指導」の本来の意味を取り戻すためにも、日本の教育は、子どもたちの自由と権利を大切にした "指導" を取り戻さなければなりません。


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オリンピックが近づいてきたけれど

オリンピックが近づいてきて、オリンピックを "錦の御旗" にした理不尽な指示や統制がボチボチと出始めています。

ある地域では土日の聖火リレーを応援するために児童を登校させ、教師も指導のために出勤するように通達が出ているところもあるようです。

私は個人的にスポーツをするのも観戦するのも大好き人間です。

そしてスポーツは全ての面において(見るのも、やるのも)自由であり、身体を動かすことは我々の権利として、国家や社会はそれを保障しなければならないとも考えています。

国家や社会が、応援しなければならない、参加しなければならない、と言ってしまった時点で、もはや私の大好きなスポーツではなくなってしまうのです。

また、以前からこのブログにも書いているように、スポーツをする権利を市場化しすぎてはいけないということです。スポーツは、できる環境にある人(時間やお金)、才能がある人だけのものではないということです。

そういった視点で(スポーツをする権利があるといった視点で)、日本人の働き方を考えてみることも大切です。

そう考えると、労働時間は短くするべきだし、休日も増やすべきだし、スポーツ施設に国は補助金を出して誰でも気軽に利用できるようにするべきなのです。

そうした国民全体のスポーツ文化の延長線上にオリンピックが存在するといいな、と思うわけです。




同窓会に呼ばれる小学校の先生

息子のお店を、15,6人の若者と一人の女性……、そんな団体が利用してくれていました。

最初は何の集まりだろう?と思っていたのですが、やがて画面に、日光修学旅行と卒業式の様子が上手に編集されたビデオが流されたので、小学校の同窓会だということがわかりました。女性は担任の先生でした。

行徳酒場 おしお
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<大きなTV画面にビデオも流すことができます。ご利用の方は、お申し付けください。>

お気づきのように、同窓会は中学校以上の学校で開かれることが多く、小学校の同窓会が、担任の先生を招いて開かれるのは珍しいのです。

「いい学校だったよねぇ」
と参加者の一人がつぶやくと、みんな大きく頷いていました。

日本の学校には、まだまだこうしてがんばっている教師がたくさんいることをあらためて確認できて、うれしくなりました。




ボイスレコーダー持ち込み

スクールレコーダーとは、子どもたちがボイスレコーダー、スマホなどを教室に持ち込み(保護者が持ち込ませ)、教師の指導、体罰、いじめ、等々の実態について記録し、ネットや報道に流出させることを目的とした行為で、昨年2月に私が名付けたものです。

▼スクールレコーダー[塩崎造語:2019/02/08]
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-4228.html

教室で子犬を飼っていたことを黙って受け入れていた保護者…、そんな時代があったことを昨日書きました。そんな時代とは真逆な関係が今、学校現場にあるということです。

何が関係をここまでこじらせてしまったのかについては、学校・教師の責任は無視できません。いつからこんなにも関係が悪化したのでしょうか?

それは1980年代頃からの、自己責任を強いる教育政策(詰め込み⇒ゆとり⇒新自由主義・市場化…)の流れの中でその関係が悪化していったと考えられます。

保護者からすると、子どもの教育・子育ては、結局は自分たちの責任で進めなければならないといったシステムの中で、学校を恨みの眼差しで睨みながら、それでも格差が広がっていく現実の中で苦悩し続けている、ということだと思います。

学校は子どもたちや保護者との信頼回復を急がねばなりません。

そのために政府・文科省は、子ども一人ひとりに目が行き届く学校現場体制を整える必要があります。





教室でそっと子犬を飼っていた?

古い仲間と新年会を開いた。

このメンバーが集まると話題になるのが、当時児童の急増で利用していたプレハブ教室で犬を飼っていた話。

今では考えられないし、おすすめしないが、そんな時代もあったことをここに記しておきたい。(約40年前の話)

犬を連れてきたのは、先輩教師が担任していた4年生の子どもたち。当時でも、学校では飼うことはできない。ところがそのクラスの話し合いで、正式な飼い主が見つかるまで、教室の子どもたちでお世話することになってしまったのだ。

担任のO先生(3年目の先生)は、新採一年目の私たちに「管理職には内緒だよ」と口止め。面白そうだったので、私たちも口止めに同意した。

教室に犬がいることは、4年生の学年の子どもたちと学年教師、そして一部の教師たちの秘密事項になった。(プレハブ校舎は、本校舎とは少し離れていたので、そんなことが成立したということもあった)

ここで問題が二つ。

一つは、放課後、その子犬をどうするかということ。

もう一つは、保護者にどう伝えるかということ。

特に数日後に学習参観があったので、その時にどうするかが "口止めチーム" の職員と子どもたちの間で話し合われた。

そんなことを大真面目で教師たちが話し合いをしていた時代だったのだ。なんとなくうれしくなる。

学習参観の時には、選ばれた子どもが足元のダンボールの中に子犬を入れて置くことになった。吠えたり、鳴いたりしたらばれる……、だから声を出さないように子犬に伝えられる子どもが話し合いで選ばれたという。その子は子犬を一番世話をしていたおとなしい子が選ばれたという話だ。そして見事に子犬は一声も発しなかったのだ。

放課後問題は、家で面倒が見られる家で、順番に見てもらうことになった。ということは、あらためて説明しなくても、実は保護者は知っていて、何も言わずに受け入れていたということだ。

二週間ほどでクラスの中で飼い主が決まった。それまで管理職には全くばれなかった。知っていたのではないかと思うかもしれないが、それはない。なぜなら、そんなことは絶対に許さない、厳格な(ある意味、理解のない)校長だったからだ。

今では、アレルギー問題、安全問題もあり、こんなことは許されないだろう。それに口止めが成立する職員室ではないし、保護者も説明がなく受け入れてくれるとは思えない。

しかしそれが成立した時代があったことを記憶しておきたい。

そして今はないが、当時あったことが(それぞれの関係性について)、教育活動にどのように反映されていたのかはもっと研究されて良い。





ネガティブ講義からのMessageOo。( ̄‐ ̄)

| \( 1コマ目 )/ | #3コマblog
私の講義について学生さんから、「現場の様子をリアルな様子はわかるけど、そこから何を伝えたいのかわからない」というコメントをいただいたことがあります。

以前から私の講義は、聞けば聞くほど不安になる、自信がなくなる、といった感想があります。

そんな私の講義(生活指導、進路・生徒指導、発達障害等々)は、次の三つに分類されると思います。

A.今の学校現場の大変さと理不尽さ、そしてそれを生み出しているもの。
Message_1⇒ 子どもたちや保護者、教師個々の問題(だけ)ではないことがあることを知ってほしい。子どもや保護者は敵ではないし、自分自身も責める必要はない。

B.子どもの指導の大変さはあるけれど、それでも子どもたちに寄り添い、コミットし続けていくことの重要さ。
Message_2⇒ そんな中で教育実践を進めることは厳しいけれど、その可能性を見つけ、それを乗り越えることにこそやりがいをもってほしい。

C.それでもうまくいかなかったときの失敗談と、その教訓。
Message_3⇒ 教育の仕事は、大きな失敗やつらい場面に出会うことの方がが多いけれど、そこから教訓やメッセージを感じること、受け取ることが大切であることを知ってほしい。

つまり、いずれも学校現場のリアルなつらい状況に触れざるを得ない講義なのです。

ということで、自分で、自虐的に「ネガティブ講義」と名付けています。
苦━'`,、'`,、(´Д`;)'`,、'`,、━笑


| \( 2コマ目 )/ | #3コマblog
そんなネガティテブ講義を聞いて、その逆の感想もあるわけです。いや、ありがたいことに、こちらの感想やコメントの方が多いのです。つまり、

・リアルな状況を今のうちから知ることができて良かった。何も知らずに現場に立つことの方が恐いと思う。

・教育の仕事に限らず今の時代、どの仕事も大変。大変な事を知ることで、教師になることの夢をリアルに持つことができた。

・厳しいからこそ、やりがいやが持てるし、子どもの笑顔がより嬉しく感じることができるのだと思った。
等々


| \( 3コマ目 )/ | #3コマblog
学校現場にはたくさんたくさん課題があります。これは隠しようがありません。

そしてそれらの課題にリアルに向き合うことでしか乗り越えられないのではないでしょうか。

私たちの力で無理だというのでは、何も変わりません。今の課題を乗り越えるのは、上の人やベテランの力ではなくて、新しい発想と夢を持った、若い人たちだと思うのです。

目を背けず、理不尽に対してしっかりと向き合い、日本の教育を、真に子どもファーストに変えていってほしいというのが、私からのMessageです。




聞きやすい言葉を意識して

今年の再開講義は千葉大学でした。

聞きやすい言葉で話すことに心掛けました。

具体的には、言葉の最初をはっきりと発音することです。

そうでなくても最近は、加齢で口が回らなくなってきて、語尾がとても聞き取りにくくなっています。

これで伝わらない……。

せめて最初の音だけは…、という低いレベルの心掛けです。

最初から後ろに座ってしまう、話を聞いてくれない、内職している…、と嘆く前に、自分の話し方を振り返ることから始めてみました。

録音してみると、とんでもなく下手くそであることが分かったので、今さらと思いましたが、意識してみました。


#PCが故障しているのでモブログでの投稿です。

#モブログとは、携帯メールを利用して投稿する方法です。

PC修理中

先日、パソコンの上に思いっきりコーヒーをこぼしてしまいました。

こぼして数分後に何ヵ所かのキーボードに不具合が生じました。

仕方なく修理に出しました。二万円でおさまるそうです。(それでも大きな痛手)。キーボードの修理だけで済んだようです。

講義の準備は、大学のパソコンを借りています。SNSは利用できないのでスマホを使っています。

我が家には、ノートパソコン1台しかありません。それを夫婦で使っています。こんな時、仕事や生活にかなりの不便があり、困り感が大きいことがわかりました。

SNSとWord、Excel、PowerPointだけ使えれば良いので、安いノートがないかなぁ……。

※モブログで投稿しました。

2,3月の学級集団づくり Oo。( ̄‐ ̄)

| \( 1コマ目 )/ | #3コマblog
4月から次のような見通しで学級集団づくりを進めることを提案してきました。

【信頼回復と出会いの時代】(4月~8月)
★教師と子どもたち、教師と保護者、子どもたち同士、保護者同士が過去のトラブルを乗り越えて信頼を回復する時代。

【自治的な時代】(9月~1月)
★教師と班長たちが一緒になって原案をつくりながら、学級づくりを進めていく時代

そして2,3月は次のような時代です。

【自治の時代】(2月~3月)
★リーダーが中心となって学級をつくっていく時代。


| \( 2コマ目 )/ | #3コマblog
それぞれの時代を縦軸にして、横軸に次のようなステージで指導していきます。
●全員参加組織
●自主的グループの指導
●プライベート関係の指導

これらのステージで自分たちにとって必要なリーダーを生み出す集団に育てていきます。


| \( 3コマ目 )/ | #3コマblog
3学期は、「6年生を送る会」の学年演技を柱にして、学級・学年集団づくりを進め、完成させていくことが多かったです。

▼08年度6年生を送る会6年生演技「八木節」本番ノーカット版
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-4226.html

▼2000年前後の児童会活動
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-4053.html

▼六年生を送る会 2年生の演技『空飛ぶにわとり』
https://shiozaki.blog.fc2.com/blog-entry-3340.html

他にもこのブログから、[六年生を送る会]で検索してみてください。検索窓は、左サイドバーの一番上です。

なお、一年間を見通した学級づくり(私は「こども集団づくり」と呼んでいる)については、下記書籍をご覧ください。





明日が楽しみになる生活つくりにコミットしよう

元気だった義理の母親の急死(享年87)……、大きな悲しみからスタートすることになった2020年。生きていくことについて深く考える年になりそうだ。死因はヒートショック。室内での急激な温度差により血圧が大きく変動。そのことにより心筋梗塞、脳梗塞、失神等を引き起こして命を落とすもの。
( ̄‐ ̄)。oO(高齢者は交通事故死よりも統計的には多い)


身近な者が亡くなるたびに、命のはかなさや生きることの尊さを考えさせられる。亡くなった方はそれを私たちに最後のメッセージとして残してくれる。特に今回は、心筋梗塞経験者の私としては十分注意しなければならないヒートショックが原因。これは母からの私への注意喚起だと考えたい。
( ̄‐ ̄)。oO(私がサウナを再開した日でした)


日本の子どもたちの死因の上位には、自殺(自死)があいかわらずある。学校でもっと命の大切さを教えるべきだという声が相変わらず強い。当然何度も言葉で伝えているし、特別活動、総合的な学習、道徳等々でも、授業で取り上げている。にもかかわらず、自ら死を選んでしまう子どもの数は減らない。
( ̄‐ ̄)。oO(当然家でも伝えているし、社会からも発信されている)


自らの命だけでなく、他者の権利、命をいじめ・迫害によって奪うことも相変わらず無くならない。残念ながら日本の学校は、いじめ問題について認定問題、責任所在問題ばかり考えていて、その解決のプロセスを持っていないと言える。
( ̄‐ ̄)。oO(指導マニュアルは "いかにして責任をのがれるか" が目立つ)


命の大切さを教えるということは、生きることのすばらしさを教えることだ。毎日の生活に充実感を感じながら、明日が楽しみな生活をつくることに、教師が保護者が、大人社会がコミットしていくことだ。死ぬな!というメッセージと共に、生きることは楽しいぞ!のメッセージを発信していくことだ。
( ̄‐ ̄)。oO(自分だけでなく仲間も同じく楽しくなければ…)




異議申し立てを進歩のきっかけに

除夜の鐘が地域からの苦情によってやめてしまったり、時間をずらしたりする地域が増えていることが話題になりました。そう言えば、こういった話題が出る時、苦情を言ったとされる側からの意見がなかなか聞こえてこないので、私も含めて世間は、せちがらい世の中になってしまったと嘆いたり驚いたりします。
( ̄‐ ̄)。oO(双方の意見が聞きたい)

音に対する苦情は、運動会の練習、保育園の子どもの声等々、教育・子育て関連で以前から話題になっていました。音に対して住民が敏感になったのは、子育てに対するストレスが高まった時代と共にあります。子どもを寝かせるにも大変な苦労とストレスを感じる者にとって、運動会の音楽や子どもの声は騒音に聞こえるのです。運動会騒音問題が、そういった事情を明確にしたと言えます。
( ̄‐ ̄)。oO(孤独な子育て問題……)

最近の日本人は、苦情が出ると、それを一部の異質な意見として処理し、場合によってはこじれるのが面倒なので辞めてしまったりします。こうして意見のすり合わせをしようとしないので、コミュニティーはますます薄っぺらくなってしまいます。
( ̄‐ ̄)。oO(除夜の鐘問題がそうだということではなく一般論として…)

批判や異議申し立ては、生活や文化を進化させるチャンスのはずです。異質なおかしな意見として処理し、そのせいでやめることになったと報道する前に、もっともっと、何年も時間をかけて話し合うべきです。それによってわかったくることや、新たな文化創造の機会にもなります。それをやめてしまった時に人類は進歩が止まることになるのではないでしょうか。
( ̄‐ ̄)。oO(楽して進歩はなし)


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このblog の紹介

 塩崎義明(しおちゃんマン)の公式メインブログです。教育問題について語ります。

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 37年間千葉県浦安市の小学校現場で学級担任として勤導論などを担当。全国生活指導研究協議会常任委員。黒猫大好き。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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