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あっという間の1月

えっ?

今日で1月がおしまい?

クリスマスや年末、お正月でまったりしていたのが、

つい二、三日前のことのように感じる。

テストや評価の仕事、

卒論の口頭試問。

なんだかんだで忙しかったのかもしれない。

忙しいことを自覚できないことも問題だ。

時間に流されてはいけない。

もう一度時間をコントロールする術を考えないといけないようだ。

自作手帳のリフィルを更新しよう。

修正箇所もいくつか加えて。

出勤が少なくなったけれど、早起きを続けよう。

血圧が高くなっていることにも注意。

体重増加が原因だと思うので、

2kgダイエットを目標に、当面の間、禁酒。

なんだかんだで、自分に課することを意図的に増やすことも大切。

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今の子どもたちにかけてあげたい言葉

令和の子どもたちに保障しなければならないのは「安心感」。

ゆっくり安心できる居場所と(友達関係含む)、

失敗や遅れが許される

生活や学び。

そんな子どもたちには「早く早く」は禁句。

かけてあげたい言葉は「だいじょうぶ」のひと言。

今の子どもたちは、安心できる生活を求めている。

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今どきの「働く」を考える

「働く」ことに対しての意識が変わってきている。昭和世代の多くは、賃金を得るという意味と、その仕事に生きがいを感じてきた者が多い。今は賃金は得られるけれど自分の時間を奪うものとして「働く」が存在していると考える。そうでない人もたくさんいることは承知しているが,傾向として確かにある。

仕事優先から、自分の時間優先の社会になってきている。仕事の付き合いで色々悩むよりも、ひとりで好きなことをしていたり、超プライベートな関係の中に身を任せたりする方を優先する。だからと言って、仕事をおろそかにするわけではない。やることはやれる、やる時はやれる、そんな人間は尊敬される。

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地域と学校

昔の学校(※)は、地域の中に、もっと信頼されながら位置づいていた。

親子で同じ小学校に通う子も少なくなく、親同士も幼馴染のケースも普通にあった。

1960年代以前の高度成長期前の時代。高度成長期時代から核家族化が進んだと言われている。

学校は、地域の中の「オラが町の学校」をとして、住民同士をつなぐ役割も果たし、地域と学校との関係も、良い関係にあった。

オラがまちの学校の校長は、地域の中でも名士として尊敬され、校長室には代々の校長の写真が飾られた。

しかし、そんな地域の中の学校がいつしか乖離し、住民と対立的な関係になってしまった。

校長職は、地域の代表・名士ではなく、教育行政の中間管理職になってしまった。

同時に、地域住民同士のつながりも希薄になった。

人と人とを繋ぐ役割を果たしていたはずの学校が、子ども同士のトラブルを通して、保護者同士のトラブルへと発生させてしまう装置として存在してしまうこともある。教師と保護者とのトラブルも相変わらず続いている。

そんな中、教育政策は、学校を地域に開く...という言葉を使いながら、地域の人々に、学校(に)協力するように求めている。そこには、学校(と)一緒になって子供を育てていこうというスタンスは見えてこない。これではいつまでたっても、学校と地域は和解できない。

子どもの数が減ってきている。これを機会に、地域の中の学校の新しい姿を模索し始めていいのだと考える。

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参考にしている文体

毎日ブログを書き、ツイートを投稿している。

文体で、参考にしている人はいますか?と聞かれたことがある。

三谷幸喜さんの文章が好きだ。

簡潔でわかりやすく、

時々、思わずクスッとさせてくれる。

その文体をよく分析したわけではないが、

体言止めが多いような気がする。

そのことが、歯切れの良さや読み手のイメージを膨らませる働きをしている。

彼のエッセイをしばらく読み続けてみようと思っている。

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英語を使えない事が悔しい

Twitterで、

英語で真面目なコメントをもらえることがある。

あわてて和訳サイトで日本語に直して読み、

返信は残念ながら日本語でしている。

大学の教授の皆さんは、普通に他国語の本を原語で読んでいる。

大学の研究者は、訳す仕事も、大切な仕事になっている。

すごいなぁ......と本気で思う。

私の英語は、英検3級でストップ。

あとは、受験用英語を学んだだけ。

子どもたちや若者には、日常で普通に使える外国語を取得してほしい。

外国語教育をどうするのかというテーマは、

新時代にとって大切で、重いテーマだ。

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おせっかいが愛される時代は悪くはなかった

準備されていて楽しそうであれば喜んで参加する。しかし自分では主催しようとしない。そんな子どもたちや若者が増えていないだろうか。

自分でやろうとしない理由は、責任がとれないので申し訳ないかららしい。だったら一緒にやろうと呼びかけると、迷惑をかけるから、と断る。

そして、一人だけで楽しめることを好む傾向があるようだ。

「一肌脱ぐ」とは、本気になって他人のために力を貸すこと。

自己責任、損得で行動することが当たり前になってしまった社会では、一肌脱ぐ人が減ってしまった。

それどころか、一肌脱ぐ人はウザい、何も知らないくせに無責任と批判されてしまう。

おせっかいが愛される時代も悪くはなかったと思う。

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どんな時にも気持ちを前に向けられる力量

これからの時代は、人と人との交わり不順の時代だ。

このまま何も手を打たないと、

交わろうとすればするほど、トラブルが発生する時代になるだろう。

そんな時代には、

ひどく落ち込んだり、腹が立つけれどぶつける所がなかったり、

この先、何が起こるかすごく不安になったりすることが次々と押し寄せる時代だ。

そんな時に、どうやって気をまぎらわせたり、

気持ちを前に向けられたりするのかは一つの才能だし、

そういった力量を育てることも教育活動で大切なことだと思う。

特にこれからの時代には。

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明日からやろう…、という言い訳

「休みは今日まで」
「明日からやろう」。

何か新しいことを始めようとしても、

なかなかその一歩が出ない時に口から出る言い訳。

「ダイエッとは明日から」もそのうちの一つだ。

実は、ここ数日がその気持ち。

合計200人近いレポートを読んで成績をつける仕事を始めなければならない。

昨日、月曜日からにしようと思った。

そんなふうに考える時は、良いスタートはできないものだ。

とにかく動くことで運気を上げていくのが今年の方針。

まずはパソコンを起ち上げよう。

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子どもの「避難場所」を保障しよう〜静岡母親刺殺事件から〜

静岡の母親刺殺事件。悲しい事件がまた起きてしまいました。スマホをめぐってのトラブルのようです。この事件のストーリー上、スマホの問題、子どもが殺人を犯してしまった時の刑法の問題などに話題が集中するのは仕方がないと思います。しかし私は、現代子ども論から考えてみたいと思いました。今の子どもたちが抱えている「生きづらさ」について考えてみたいのです。ちなみに、彼女がそうであったという話ではありません。彼女が起こしてしまった事件を入り口にして、今の子どもたちがおかれている状況を考える義務が私も含めた私たちにはあるのではないかということです。

今の子どもたちの「生きづらさ」ってなんでしょうか。常に明るい笑顔で「良い子、明るい子」と評価され、考え方はフラットであることを前面に出しながらも、実は強い力や多数派に従順でなければならないこと。そして、その場に合ったキャラを設定して使い分け、常に集団からはじかれないようにに注意を払うこと。そんな嘘芝居を仲間同士で了解の上演じなければならない「生きづらさ」の毎日。

そんな現代の子どもたちには、「心の避難場所」が必要です。それが家族関係。親子関係であったり、友人関係であったり、ネット社会であったり人それぞれです。そんな子どもたちの「避難場所」は甘えられる空間でなければなりません。多少のだらしなさと、けじめのなさをさらけ出しながら、それが許される空間でもあります。そんな空間を持つ子どもは、外では「良い子」でいるように努力していることが多いのです。そんな外での努力が必要かどうかは別として......。子どもの「最後の避難場所」を大切にされなければならないと考えています。

一方で、「最後の避難場所」だと信じ、信頼していた関係に裏切られると、逃げ場がなくなり追いつめられることがあります。そんな時には、キレたり自分を見失ったりするのです。今回の事件が、親子関係を最後の避難場所にしていたのか、スマホで繋がった友達関係を避難場所にしていたのかはわかりません。ただ、それが力づくで奪われようとしたことは間違いないようです。起こしてしまったことは絶対に許されないし、償いが必要です。しかし彼女がなぜこんなにもキレてしまったのかは、私も含めた大人たちは向き合わなければならないのだと思います。

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声を出していかないと......

今日で、2022年度のすべての講義が終了します。

2,3月は、成績付け、卒論口頭諮問、保育実習指導になります。とは言っても、決められた日にちだけで、講義のように、声を出しての仕事はありません。

この歳になると(65歳)、付き合いも減り、ひと言も発せずに、一日を終えることが多くなります。その結果、声帯は老化し、声はかすれててしまいます。この現象は、これまでにも何度かありました。

意図的に声を出す生活が必要です。できれば、他者と交流できる機会も必要です。今のところ、私にはその工夫はSNSに頼るしかないようです。

Twitterのスペースや、standfmのライブにチャレンジするつもりです。このまま老け込むわけにはいきません。

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教師の多忙化をざっくりと

教師の多忙化について論じた卒論を読んでいます。多くのデーターを元に丁寧に書かれていて感心しました。

付け加えるとしたら、
多忙化は仕事の多さ、教師の人手不足だけではなく、

自分のやりたいことを我慢して、横並びで仕事をしなければならないという「追い詰められ感」と

「問題を起こさないための準備」の多忙化もあることを付け加えておきたいと思います。

そしてそれは国のどんな政策によって生まれてきたのかも考えてみてほしいのです。

整理してみましょう。
教師の多忙化は「国のための人づくり政策」(一斉に一律に)と、

「責任回避主義」の二つにあると考えています。

つまり、
みんな同じように教育しなければならないという「追い詰められ感」と、

責任をかぶらないようにするための証明作業が

今日の異常な教師の多忙化を生み出していると考えられます。

そして残念ながらそこに子どもファーストの教育はありません。

さて私は、1977年学習指導要領の時から始まり、

2006年教育基本法改訂の流れの中で発生したと考えています。

1977年改訂学習指導要領で、ゆとり教育が提唱され授業時数が削減されました。言い方を変えれば、子どもたちの『ゆとり』までも、学校が面倒をみていこうとしたということになります。

どうやらこの時期から、学校による、果てしないサービス提供が始まったのではないかと見ています。

やがて、次の学習指導要領で、低学年の社会科と理科が廃止されて生活科に、

そして第二土曜日が休日になったのもこの時期。

ところで……、ゆとり教育は、教師の手抜きであった、という誤った見方があります。

手抜きどころか、子どもたちの「ゆとり」まで学校が囲い込み、教育サービスを本格化させていったのですから、

現場感覚としては、この時期の混乱と、わけのわからない多忙感は忘れられません。

やがて、2001年の学習指導要領で、学校五日制が完全実施され、

その忙しさが平日にどっと詰め込まれる形になります。

この時期、私は「第二次学級崩壊の時代」と呼んでいます。

バブルの時代に公立学校への不信感が芽生えて第一次学級崩壊の時代になったのですが、

この第二次は、
教師の忙しさといじめ問題が本格化し、

再び学級崩壊が現場で話題になった時代です。

また、
この頃から、職員室に当事者性と同僚性がなくなり、職員間が何かちぐはぐで、気まずい雰囲気になっていきました。

一方で、1999年「国旗及び国歌に関する法律」、2000年「東京都教員人事評価制度導入」され、

学校教育法施行規則が改正で職員会議が校長の補助機関であるということが明確になりました、

さらには、
2007年「教員免許更新制」という流れの中で、教師の口が塞がれることになりました。

どんなに追い詰められても、理不尽なことを押し付けられても、日本の教師は声を出さなくなっていったのです。

やがて、教育基本法が改訂され、国のための人づくりが強調されました。

多様化が大事だと口では言いながら、みんな同じように動かなければ不安になる子どもたちを育ててしまっている日本の教師達。そのことについては、また別の機会に述べてみたいと思います。

今日はここまでということで。

では。

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教育は国の為かor市民の権利か

教育は国民・市民の権利です。

その時点で、実は教育は国民・市民の為にあるはずなのです。

しかし、その制度は国が作っていることもあり、

どうしても、国のための人間づくりの面が強くなってしまいます。

しかも日本は、教育は国のための人間づくりであるという方向で、

2006年に教育基本法を改定してしまいました。

その途端、一斉に、一律に、競争的に...といった教育が強くなってきました。

そして、その流れに乗ることのできない子どもは、差別、排除され、

問題・課題のある子どもとしてあぶり出されてしまったのではないでしょうか。

そして、そんな学校を拒否する子どもや、

自ら命を絶ってしまう子どもの数が増えています。

一方で、教師の方も無傷ではいられず、

毎年、5000名を超える休職者が出ています。

教育を、国民・市民の手に取り戻さなければなりません。

教育活動を地域に開き、

教育課程づくりに地域住民が参加する......

そのために、教師と保護者は和解して、

子育て・教育の共同を実現していきたいと考えています。

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小学校で37年間学級担任として勤務/現在大学で教師を目指す学生に指導。/最新著書『教師と子どものための働き方改革』(学事出版)//iPhone12 Pro/Surface Laptop3/黒猫大好き/手相は両手とも「ますかけ」。

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ヨシムネ&ねね

しおちゃんマンの飼い猫、黒猫ヨシムネと ねね

ヨシムネ
ヨシムネ ♂
2005年8月生まれ。2006年8月に動物病院からしおちゃんマン家にやってきた。

ねね
ねね ♀
2008年6月生まれ。教え子(当時小6)達が公園で保護。2008年6月よりしおちゃんマン家の家族に。2017年7月28日逝去。

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